2018年04月13日
平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵
これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視 平井 謙一 生産性出版 1998-03 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
副題に「絶対評価・業績成果の重視」とある割には、本書の大半は「職能資格制度」の解説になっている。まず、職能等級基準書の例が示され、それをそれぞれの職種に展開した職能等級基準説明書の例が数多く掲載されている(営業、生産、サービス、企画、事務など)。
人事考課は成績、情意、能力の3本柱で構成され、それぞれの評価基準が示されると同時に、等級が下位の場合は情意が、中位の場合は能力が重視され、上位になると成績の割合が高くなることが示されている。情意項目の例としては、規律性、積極性、協調性、責任性の4つが、能力項目の例としては、知識(・技能)力、判断力、企画力、折衝力、指導力の5つが一般的だとされているが、なぜこれらの項目で十分であると言えるのかは本書では触れられていなかった(必要な能力の導出をフレームワークを用いて試みた例として、以前の記事「グロービス・マネジメント・インスティテュート『ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術』―若者が猫も杓子もコンサルタントを目指していた時代のキャリア開発論」を参照)。
業績成果を重視するためには目標管理(MBO)制度を導入しなければならないが、MBOが登場するのはようやくp201になってからである。しかも、本書では「従来の職能資格制度を修正して目標管理制度を導入する(同時に、職能給から年俸制へと移行する)」と書かれているのに、職能資格制度における人事考課と目標管理をどのように融合させるのかについては論じられておらず、両者が併存したままになっている。
本書では、年功制について次のように述べられている箇所がある。
年功序列制度は、チームワークの優劣が組織の業績を左右する企業であれば、現在でも有用である。(中略)ある企業では、現在でも、年功序列型の人事制度を固守し、成功している。この場合、賃金処遇ではほとんど差がつかないが、仕事の内容で光の当たる部分と、やや光の当たりにくい、地味な部分があるだけなのである。この職場の雰囲気は、足の引っ張り合いがなく、チームワークは良い。また、ノウハウを共有できる特徴がある。欧米企業も最近はチームワークの重要性を認識するようになっている。ということは、むやみやたらと業績主義や成果主義に走るのではなく、むしろ年功制の方が有効なのではないかとさえ思えてくる。ちなみに私は、業績給・成果給においては、どんな計算をしても企業の業績を個人の業績に還元することができず不平不満が残るため、不平等をもたらすかもしれないが最も簡便な人事制度として年功制を支持していることは本ブログでも何度か書いた。
また、副題にある「絶対評価」をめぐっては、次のような記述がある。
これからの人事評価の正しいあり方として、第1に、第1次評価、第2次評価は絶対評価を行なう。第2に、調整段階または最終段階で必要に応じ相対評価を行なう。調整段階、最終段階でも、賃金原資や定員枠に余裕のある限り、絶対評価を尊重する姿勢を堅持する。これを原則とするのが好ましい。ただ、残念ながら現在の多くの日本企業では、賃金原資はともかく、定員枠には余裕がない。よって、調整段階や最終段階では相対評価となるだろう。いや、以前の記事「元井弘『目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用』―言葉の定義にこだわる割には「役割業績給」とは何かが不明なまま」に従えば、相対評価ではなく「相対考課」が正しい。
○図1
現在の日本企業に定員枠がないことを、図1を使って説明したいと思う。図1はかなり荒っぽいモデルであることをあらかじめご了承いただきたい。図1は、社長が3人の部下を引き連れて創業するケースを想定している(便宜的に、社長を係長の枠に入れている)。上司:部下の割合は1:3とし、今後も原則としてはこの比率を保持する。この企業は労働集約型企業であるとして、社長の売上高は2,000万円、部下である一般社員の売上高は1人あたり1,000万円とする。すると、合計4人で売上高5,000万円となる。10年後には、3人の部下は昇進し、それぞれ3人ずつ新しい部下を持つ(便宜的に、社長を課長の枠に、社長の部下を係長の枠に入れている)。社長の売上高は3,000万円、社長の部下の売上高は1人あたり2,000万円、一般社員の売上高は1人あたり1,000万円とする。すると、合計13人で売上高1億5,000万円となる。
さらに20年後には、社長の部下と一般社員がそれぞれ昇進し、新しい一般社員が27人入ってくる(便宜的に社長を部長の枠に、社長の部下を課長の枠に、社長の部下の部下を係長の枠に入れている)。社長の売上高は4,000万円、社長の部下の売上高は1人あたり3,000万円、社長の部下の部下の売上高は1人あたり2,000万円、一般社員の売上高は1人あたり1,000万円とする。すると、合計40人で売上高5億8,000万円となる。
30年後には、社長の部下、社長の部下の部下、一般社員がそれぞれ昇進し、新しい一般社員が81人入ってくる。社長の部下は部長、社長の部下の部下は課長、一般社員は係長となる。社長の売上高は5,000万円、部長の売上高は1人あたり4,000万円、課長の売上高は1人あたり3,000万円、係長の売上高は1人あたり2,000万円、一般社員の売上高は1人あたり1,000万円とする。すると、合計121人で売上高17億9,000万円となる。
ここまでは、入社した社員が皆昇進することができるので問題ない。問題はここからである。40年後に、9人の課長を部長に、27人の係長を部長に、81人の一般社員を係長に昇進させ、81×3=243人の一般社員を入社させたとしよう。1人あたり売上高は、社長が5,000万円、部長が4,000万円、課長が3,000万円、係長が2,000万円、一般社員が1,000万円であるから、合計360人で売上高52億7,000万円となる。30年後の売上高が17億9,000万円であることを踏まえると、10年で売上高を約3倍にしなければならない。売上高は、創業直後5,000万円⇒10年後:1億5,000万円⇒20年後:5億8,000万円⇒30年後:17億9,000万円と推移しており、だいたい10年間で3倍になっている。売上高を10年間で3倍にするためには、毎年約12%の成長が必要となる。創業後30年ほどは高成長が続くから、このぐらいの成長率でも問題ないだろう。しかしながら、創業後40年ともなれば、成長率が落ちてくるのが普通である。
もはや全員を昇進させることはできない。だが、できるだけ多くの社員に昇進の機会を与えたい。そこで、今まで上司:部下=1:3となっていたのを、1:4にする。すると、40年後には部長4人、課長16人、係長64人、一般社員256人となる。合計341人で売上高は45億3,000万円である。これは、30年後の売上高17億9,000万円の約2.5倍である。50年後も同様である。16人の課長を部長に、64人の係長を部長に、256人の一般社員を係長に昇進させることはできない。代わりに、上司:部下=1:4となっていたのを、1:5にする。すると、50年後には部長5人、課長25人、係長125人、一般社員625人となる。合計781人で売上高は97億5,000万円である。
以降同様に、60年後は上司:部下=1:6とし、部長6人、課長36人、係長216人、一般社員1,296人とする。合計1,555人で売上高は186億5,000万円である。70年後は上司:部下=1:7とし、部長7人、課長49人、係長343人、一般社員2,401人とする。合計2,801人で売上高は326億7,000万円である。80年後は上司:部下=1:8とし、部長8人、課長64人、係長512人、一般社員4,096人とする。合計4,681人で売上高は534億9,000万円である。90年後は上司:部下=1:9とし、部長9人、課長81人、係長729人、一般社員6,561人とする。合計7,381人で売上高は830億3,000万円である。100年後は上司:部下=1:10とし、部長10人、課長100人、係長1,000人、一般社員10,000人とする。合計11,111人で売上高は1,234億5,000万円である。
この間、売上高の伸び率は、
・40年後:45億3,000万円⇒50年後:97億5,000万円(約2.2倍)
・50年後:97億5,000万円⇒60年後:186億5,000万円(約1.9倍)
・60年後:186億5,000万円⇒70年後:326億7,000万円(約1.8倍)
・70年後:326億7,000万円⇒80年後:534億9,000万円(約1.6倍)
・80年後:534億9,000万円⇒90年後:830億3,000万円(約1.6倍)
・90年後:830億3,000万円⇒100年後:1,234億5,000万円(約1.5倍)
と、徐々に伸び率が鈍化していく。それでも、仮に10年間で売上高を1.5倍にしようとすれば、毎年4%の成長が求められる。10年間で売上高2倍なら、毎年7~8%の成長が必要である。
110年後以降であるが、一般的にスパン・オブ・コントロール(管理の範囲)は部下10人と言われているから、これ以上1人の上司に対する部下の数を増やすことは困難になると思われる。よって、組織は100年後と同じ人員構成を維持しようとすることになるだろう。
注目してほしいのは、矢印で示した「昇進率」である。前述の通り、創業から30年後までは全員を昇進させることができた。ところが、40年後以降はポストが不足する。そして、図1をご覧の通り、上の階層に行くほど、そして創業からの年数が経過するほど、昇進率が下がる。
日本企業の多くは戦後の高度経済成長期に設立されたと推測され、図1の40年後~50年後がちょうど20世紀末にあたる。この時期には、各企業は子会社を作って余剰人員を転籍させることができた。連結決算についてもそれほどうるさくなかったから、小さな子会社を乱立させていた時期である。ところが、2001年に連結決算が本格的に施行されると、その手が使えなくなる。図1の60年後~70年後がまさに2000年代~2010年代を表している。連結決算が適用されるので、下手に赤字子会社を作るわけにはいかない。子会社を作って新規事業に算入するならば、本業の規模に見合ったものにしなければならない。図1でお解りのように、この時期には日本企業はそれなりの規模になっていたため、新規事業の種探しも困難を極めるようになった。
バブル期は図1で言うと40年後に該当する。この時期に入社した社員が10年後に係長に昇進する割合は49%にすぎない。10年後に係長に昇進しても、さらにその10年後に課長に昇進する割合は29%であるから、課長に昇進する割合は49%×29%=約14%である。『7割は課長にさえなれません』というのは決して誇張ではない(旧ブログの記事「日本型雇用制度は半世紀持ったんだから十分だろ-『7割は課長にさえなれません』|(補足)」を参照)。
私は前述の通り年功制を支持する一方で、終身雇用については支持していない。図1でも明らかな通り、全員にポストを用意することは不可能である。かといって、既存社員の雇用を守るために若者を排除するのは愚策である。若者が雇用不安に陥ると、社会全体が動揺することは、フランスやドイツを見れば明らかである。よって、企業は若者を積極的に採用する反面、一定の年齢に達した社員のうち、一定の割合を外部に転出させなければならない。転出した社員は自ら起業するか、転出した社員が興した企業に転職することになる。
現在、バブル期に入社したミドル社員がポストをふさいでいることが多くの企業で問題になっているようだが、私は遅かれ早かれ、解雇の要件が緩和されると思う。代わりに、産業界は、円滑な起業・転職を推し進めるために、助成金を給付する基金を共同で構成したり、起業・転職希望者を対象とした能力開発を行う組織をサポートしたりする必要が出てくるだろう。
○図2<年齢5階級別人口(平成42年)>
以前の記事「『未来をつくるU-40経営者(DHBR2016年11月号)』―U-40の起業家は歳が近くて悔しくなるので、Over50の起業について考えてみた」では図②のようなグラフを用いた(初出は旧ブログの記事「高齢社会のビジネス生態系に関する一考(1)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』|(2)|(3)」)。平成42年とは12年後の2030年のことであるが、この頃には、20代を底辺とし、70代ぐらいを頂点とする従来型の組織と、40代後半~50代前半を底辺とし、80歳近くを頂点とする新しい組織が出現すると書いた。仮に21世紀に入ってから企業がミドル社員の転出・起業を既に促していたとすると、30年後の2030年には図2のような2つのタイプのピラミッド組織が併存しているに違いない。
○図3
さらに時間が進んで2040年になるとどうであろうか?40代後半~50代前半を底辺とし、80歳近くを頂点とする新しい組織も創業40年を迎え、全員が昇進できなくなる。ということは、この新しい組織においてもまた、一定の年齢に達した社員の一定割合が転出を促される。その転出は、40代後半で入社して10~15年後ぐらいから始まると仮定すると、今度は50代後半を底辺とし、80歳近くを頂点とする第3の組織も誕生すると予想れる(図3左側)。その結果、60~64歳の約7割、65~69歳の約4割、70~74歳の約2割、75~79歳の約1割が働き続けることになる。2065年になると、図3の右側のように変化する。60~64歳の約8割、65~69歳の約5割、70~74歳の約3割、75~79歳の約2割が働き続けると推測される。