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【ベンチャー失敗の教訓(第39回)】「何をなすべきか」よりも「誰と働きたいか(働きたくないか)」で決まる組織構造
【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(上)』―実はフラット化していなかった日本企業

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年10月13日

【ベンチャー失敗の教訓(第39回)】「何をなすべきか」よりも「誰と働きたいか(働きたくないか)」で決まる組織構造


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 組織とは、ミッションを達成するための複数の人々による協働体である。同じ組織に属する人々は、「我々の組織は何をなすべきか?」というその一点に集中しなければならない。ところが、情に流されやすい人間は、組織設計の論理ではなく、「私は誰と一緒に働きたいか?(働きたくないか?)」という情理に負けることがある。一緒にいたいかどうかは友人レベルの話であり、企業レベルの話とは言えない。だが、3社ではしばしば友人レベルの話で組織改編が行われた。

 X社の営業チームは、何かともめごとが絶えないチームであった。特に、営業部長とあるマネジャーの折り合いが悪かった。営業部長はキャリア研修やリーダーシップ研修を中心に、マネジャーは営業研修を中心に販売していたのだが、営業部長は「あのマネジャーの売っている営業研修は、内容がプアーで自分の顧客企業に紹介できない」と言い、マネジャーは「キャリア研修などの中身をちゃんと教えてくれないので、自分の顧客企業に提案できない」と言うありさまであった。

 見かねたA社長は、当時5人いた営業チームを分解して、営業部長が率いるチームとマネジャーが率いるチームの2つに分けた。そして、前者はキャリア研修やリーダーシップ研修に専念し、後者は営業研修に専念するように命じた。さらに、前者は「営業チーム」、後者は「事業開発チーム」と、名前まで使い分けることになった。

 この組織改編で思いもよらぬ被害を受けたのは、事業開発チームに配属されたもう1人のマネジャーであった。このマネジャーは、事業開発チームを率いるマネジャーの下で働くならば、そのマネジャーと同じ給与ではおかしいということになって、同じマネジャーであるにもかかわらず、給与を下げられてしまった。営業部長とマネジャーの個人的な対立のあおりを受けて減給処分を食らうというのは、何とも理不尽な話である。私ならば発狂していただろう。

 そもそも、営業チームを2つに分けるのは対処療法でしかなかった。営業研修の内容をもっと高度化し、競合他社との差別化ポイントを明確にして、X社として自信を持って提供できるものにする、キャリア研修やリーダーシップ研修の中身を解りやすくして、どの営業担当者でもスムーズに提案できるようにする、といったことが根本的な課題だったはずだ。ところが、営業チームの分割は、何の解決にもならなかった。むしろ、営業チームと事業開発チームの間に溝ができて、営業部長とマネジャーの対立が深まっただけである。

 相性に過剰に配慮した結果、組織改編が捻じ曲げられたことは他にもある。私がX社に入社してから3年ほど経った頃、3社を束ねる形で、持ち株会社を作ることになった(これも、無用な事務を増やすだけの無用な組織変更なのだが・・・)。Z社のC社長が持ち株会社のトップとなり、Z社の別の取締役がZ社の代表取締役に昇格してコンサルティング事業を牽引する予定であった。

 ところが、この取締役のマネジメント能力に疑問を持っていたあるシニアマネジャーは、「この取締役と一緒に仕事をしたくない。持ち株会社の中でC社長の下で仕事をさせてほしい」と全員の前で放言したのである。結局、新たにできた持ち株会社は、持ち株会社であるにもかかわらず、Z社の事業とは別にコンサルティング事業を行うという、何とも不可思議な構造になってしまった。

 C社長とこのシニアマネジャーは、Z社のコンサルティングに手を貸そうとしなかったし、顧客情報も渡さなかった。そして、逆もまたしかりであった。その後、このシニアマネジャーの退職に伴って、持ち株会社はなくなり、組織の歪みは解消された。C社長がZ社の代表取締役に復帰し、代表取締役に昇格していた取締役は元の取締役に戻った。だが、一連のごたごたのせいで、C社長とこの取締役を含むその他の社員たちとの間には、今まで以上に溝が広がってしまった。

 どんな人であっても人の好き嫌いはあるものだし、それをゼロにせよという無理な注文をするつもりはない。問題は、組織内に対立があった時に、対立を避けるようにして組織を細分化してしまうことである。これによって、短期的には対立を消すことができるだろう。しかし、長期的に見れば、細分化した組織がそれぞれ内部で結束力を高め、潜在的により大きな対立を生む火種となってしまう。つまり、「あいつは○○だからダメだ、嫌いだ」という意見がそれぞれの組織の中で増幅されてしまい、組織間で和解する機会と意欲を失ってしまうのである。

 逆説的だが、組織内で対立がある場合は、むしろ人員を増やして組織を大きくした方がいいのかもしれない。もちろん、対立の解消を目的として人員を増やすのではなく、あくまでも業績伸張に向けた取り組みの1つとして増員を実施するべきである。人員が増えると、コミュニケーションのパスが増えるので、対立を抱えたパスが全体のパスに占める割合は低くなる。そうすると、多少の対立があっても、組織内であまり目立たなくなる。それに、人員が増えて組織目標が大きくなれば、取り組むべき仕事も増えて、個人間の対立にかかわる時間もなくなる。

 3回のリストラで人員が激減した3社のうち、特にX社では、対立を避けるために細分化した組織が再び1つにまとまったことによって、くすぶっていた火種が一気に爆発してしまった。社員間の対立は以前よりも深刻化し、業績改善に向けた建設的な議論は、もはや不可能であった。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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2013年01月31日

【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(上)』―実はフラット化していなかった日本企業


ドラッカー名著集2 現代の経営[上]ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 ドラッカーは、『経営者の条件』で示したような「経営管理者(エグゼクティブ)」、つまり、自らが上げるべき成果を規定し、自らの強みに集中し、適切な優先順位づけと意思決定を行い、諸活動に十分な時間を割り当てて仕事を行う知識労働者が増えれば、彼らの上に立つ管理職の数はおのずと減らせると考えている。以下、やや長くなるが、ドラッカーが伝統的な経営学における「管理の限界(スパン・オブ・コントロール)」について喝破している部分を引用する。
 経営管理者の仕事の大きさについては、経営書は、1人の人間が管理できる部下の数はごくわずかであるという「管理の限界(スパン・オブ・コントロール)」からスタートする。その結果、階層の上に階層を重ねた不恰好なマネジメントを生み出している。協力関係やコミュニケーションを阻害し、明日の経営管理者の育成を困難にし、そもそもマネジメントの仕事の意味さえ腐食させている。

 しかし、経営管理者の仕事が客観的なニーズによって規定され、業績によって評価されるのであれば、部下に指示し報告させるという管理業務の必要はなくなる。「管理の限界」の問題もなくなる。理論的には、何人でも直属の部下をもつことができることになる。

 もし限界があるとすれば、「マネジメントの責任範囲(スパン・オブ・マネジリアル・リスポンシビリティ)」(確かGEのH・H・レイス博士の命名)だけとなる。仕事の目標を達成できるように助け、教えることのできる部下の数に限界があるだけのことになる。

 確かにそのような意味での限界はある。しかし、それは固定したものではない。マネジメントの「管理の限界」はせいぜい6人から8人とされている。これに対し「マネジメントの責任範囲」は、助けたり教えたりする必要のある部下の数によって決まる。(中略)したがって、「マネジメントの責任範囲」は、「管理の範囲」よりも大きい(レイス博士は100人と見ていた)。
 かつて、ミドルマネジャーの人員増・階層増が組織の動きを鈍くしているという理由で、組織のフラット化を目指す動きが広まったことがあった。まずアメリカで、1990年代前半にマイケル・ハマーの「リエンジニアリング」が人気を集めると、企業はこぞって組織の階層を減らし、多数のミドルマネジャーを追放した。株主から利益を増やせと厳しいプレッシャーを受けており、リストラで手っ取り早くコストを削り利益をかさ増ししようと画策していた当時のアメリカ企業の経営陣にとって、リエンジニアリングはリストラを正当化する強力なツールであった。そのリエンジニアリングが21世紀になって日本に入ってくると、同様に組織のフラット化が掲げられるようになった。

 日本ではその結果どうなったか?厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を使って、1979年以降のミドルマネジャー(部長+課長)の数とその割合の推移を求めてみた(※1)。

(1)企業規模100人以上
管理職比率の推移(企業規模100人以上)

(2)企業規模1,000人以上
管理職比率の推移(企業規模1000人以上)

 興味深いことに、日本企業はフラット化するどころか、むしろミドルマネジャーの割合が増えている、という結果になった。企業規模100人以上、1,000人以上いずれを見ても、1979年からの30年で、ミドルマネジャーの割合はほぼ倍増している。仮に企業の成長に伴って組織の規模が大きくなり、ミドルマネジャーの数が増えたとしても、組織の階層構造が変わらず、かつミドルマネジャー1人あたりの部下の数が同じであれば、ミドルマネジャーの割合は変わらないはずだ。よって、日本企業では、ミドルマネジャー1人あたりの部下の数が減少しているか、またはミドルマネジャーの多層化が進んでいる(例えば、部長クラスが部長、統括部長、事業部長のよう多層化する)か、あるいはその両方であると推測できる(※2)。

 ドラッカーは、ミドルマネジャーの仕事をどう定義するべきだと考えているのだろうか?
 経営管理者の仕事は、可能なかぎり範囲の大きなものとし、可能なかぎり権限の大きなものにする必要がある。すなわち、意思決定は、可能なかぎり下の階層、可能なかぎりその意思決定が実行される現場に近いところで行う必要がある。(中略)

 経営管理者の仕事は下から組み立てられる。第一線の活動、すなわち製品やサービスという産出物にかかわる仕事、顧客への販売、設計図の製作についての具体的な仕事から始まる。

 最も基本的なマネジメントの仕事を行うのは、第一線の現場管理者である。つまるところ、彼らの仕事ぶりがすべてを決定する。このように見るならば、上位の経営管理者の仕事は、すべて派生的であり、第一線の現場管理者の仕事を助けるものであることにすぎないことになる。
 引用文の「経営管理者」を現場社員、「第一線の現場管理者」を課長、「上位の経営管理者」を部長に置き換えると、ドラッカーの組織設計が理解しやすくなると思う。つまり、まずは企業が顧客に対して価値を提供する一連の業務プロセスを定義する。次に、その業務プロセスのうち、現場社員=経営管理者(エグゼクティブ)=知識労働者が担うべき範囲を(広めに)設定する。その上で、彼らにできないことを課長が行い、さらに課長にはできないことを部長が行う、という手順で階層とその職域・権限を設計するのが理想である、というわけだ。

 翻って、先ほどグラフで示したように、日本企業のミドルマネジャー層が増大化している現実を見ると、組織設計が本当に適切なものとなっているかどうかを問う必要がある。現場でできることにミドルマネジャーが首を突っ込んでいる、あるいは不要な管理業務のためにミドルマネジャーを増やしている、または年功序列的な昇進制度のせいで必要以上の人員をミドルマネジャーに昇進させているとしたら、それは問題である。

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 (※1)「賃金構造基本統計調査」における「部長」、「課長」の定義は以下の通りである(詳細は各年度の「調査の説明」にある「役職及び職種解説」を参照を参照)。
<部長>
○(含まれる職階)
 本社(店)、支社(店)、工場、営業所などの事業所における総務、人事、営業、製造、技術、検査等の各部(局)長
×(含まれない職階)
 部(局)長を兼ねない取締役、部(局)長代理、同補佐、部(局)次長
仕事の概要
 いわゆる部(局)長で、経営管理活動を行う営業、人事、会計、生産、研究、分析等の事務的、技術的な組織を統制、調整、監督し、所轄部門を運営する業務に従事する者及びこれらと同程度の責任と重要度をもつ職務に従事する者をいう。
説明事項
 1)「部長」とは、事業所で通常「部長」又は「局長」と呼ばれている者であって、その組織が2課以上からなり、又は、その構成員が20人以上(部(局)長を含む。)のものの長をいう。
 2) 同一事業所において、部長のほかに、呼称、構成員に関係なく、その職務の内容及び責任の程度が「部長」に相当する者がいる場合には、これらの者は、「部長」に含む。ただし、通常「部長代理」、「課長」、「係長」等と呼ばれている者は、「部長」としない。
3) 取締役、理事等であっても、一定の仕事に従事し、一般の職員と同じような給与を受けている者であって、かつ、部(局)長を兼ねている場合には、「部長」に含め、部(局)長を兼ねていない場合には「部長」としない。

<課長>
○(含まれる職階)
 本社(店)、支社(店)、工場、営業所などの事業所における総務、人事、営業、製造、技術、検査等の各課長
×(含まれない職階)
 課長代理、同補佐、課次長
仕事の概要
 いわゆる課長で、経営管理活動を行う営業、人事、会計、生産、研究、分析等の事務的、技術的な組織を統制、調整、監督し、所轄部門を運営する業務に従事する者及びこれらと同程度の責任と重要度をもつ職務に従事する者をいう。
説明事項
 1)「課長」には、事業所で通常「課長」と呼ばれている者であって、その組織が2係以上からなり、又は、その構成員が10人以上(課長を含む。)のものの長をいう。
 2) 同一事業所において、課長のほかに、呼称、構成員に関係なく、その職務の内容及び責任の程度が「課長」に相当する者がいる場合には、これらの者は、「課長」に含む。ただし、通常「課長代理」、「係長」等と呼ばれている者は「課長」としない。
 (※2)この点を裏づけるような発言を、リクルートワークス研究所『Works No.101 モチベーションマネジメントの限界に挑む』(2010年8月~9月号)から拾ってみた。

 「ここ数年間の業績低迷に加えて、業務拡大に伴い組織が肥大化し、縦割り組織に細分化されたことで、社員が仕事の全体像をつかめなくなり、やりがい感を得られない状況にあると思います」(メーカー元人事)
 「ISOや内部統制が強化され、課題に直面した際に、自分の裁量で判断、実行するよりも、上司や組織に判断を仰ぐことが多くなった。そのためにモチベーションが低下しているようです」(機械 取締役)


 《2016年9月3日追記》
 ジェフリー・フェファー『悪いヤツほど出世する』(日本経済新聞出版社、2016年)によれば、海外でも管理職の数が増加しているという。その理由はこうである。まず、好景気の時には、組織の成長に伴って管理職が増える。ところが、不景気になると、リストラの意思決定を行う経営幹部に近い管理職は自分の雇用を守ろうとし、解雇の対象は現場の人間に集中する。その後、再び好景気になれば、また管理職が増える。管理職が飽和状態になると、彼らのモチベーションを上げるために、特別なポストを用意してでも彼らを出世させる。こうして、好景気と不景気を繰り返すうちに、管理職の数が増えていくのだという。

 日本で管理職が増えたのはこういう理由ではなく、文化的な要因によるものだと信じたい。


悪いヤツほど出世する悪いヤツほど出世する
ジェフリー・フェファー 村井 章子

日本経済新聞出版社 2016-06-23

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