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DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要
補助金の適正利用をチェックするよりも、補助金の投資対効果をモニタリングすることに注力すべきでは?
『中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック』(経済産業省)の補足

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年09月14日

DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-09-10

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 「競争戦略より大切なこと」という特集でありながら、競争戦略論の大家であるマイケル・ポーターの論文「『何をすべきか』、そして『何をすべきでないか』 戦略の本質」という論文を再掲し、それに対して、「いやいや、競争戦略やポジショニングよりも業務効果(オペレーショナル・エクセレンス)が重要だ」と主張する論文「1万2000社超の大規模調査が明かす 競争戦略より大切なこと」(ラファエラ・サドゥン、ニコラス・ブルーム、ジョン・ヴァン・リーネン)を載せて、結局は「戦略もオペレーションもどちらも大事である」という、至極まっとうなことを述べた「強い会社が持つ4つの要因 『学習優位』の競争戦略」(名和高司)という論文から構成される特集である。

 そもそも、ポーターが競争戦略論を提唱したのは、次の理由による。縦軸に「買い手に提供された価格以外の価値」、横軸に「相対的に見たコストポジション」を取ってグラフを描くと、生産性の限界線ができるのだが、この曲線の内部に位置する間は、品質と低コストの両方を同時に追求することが可能であった。1980年代に日本の自動車業界が競争力を持ったのはこのためである。ところが、生産性が向上し、生産性の限界線上に位置するようになると、品質と低コストの二兎追いが難しくなる。両者はトレードオフの関係になる。だからポーターは、品質を追求する差別化戦略か、低コストを追求する価格戦略のどちらかしか企業は採用できないと主張したわけである(もう1つのニッチ戦略と合わせて、ポーターの3つの基本戦略と呼ばれる)。

 だが、私が思うに、生産性の限界線は固定的ではない。企業が成長し、多様な顧客を取り込み、様々な製品・サービスを取り扱うようになると、企業活動は複雑性を増す。その分、生産性を向上させる余地が生まれる。つまり、生産性の限界線は右上へとシフトする。もちろん、企業も生産性向上の努力をするものの、それ以上のスピードで生産性の限界性は右上へと移動していく。その結果、企業は未だに生産性の限界性の内側に取り残される。だから、品質と低コストの両方を追求することは可能である。いやむしろ、昨今の競争環境の厳しさを考えれば、両方を徹底的に追求し、遠ざかる生産性の限界線に追いつかなければならない。この点で、オペレーション重視の伝統は死んでいない(むしろ、ますます重要になっている)と言える。

 とはいえ、企業はオペレーションだけを一生懸命磨いていればよいというわけではない。ブログ別館の記事「ゲイリー・ハメル『リーディング・ザ・レボリューション』―イノベーション=自己否定ができない人間をトップに据えてはいけない」で書いたように、イノベーションの脅威があるからだ。私はアンゾフの成長ベクトルを拡張して、①非顧客に着目して既存製品・サービスの新しい使い道を発掘する「新市場開拓戦略」、②全く新しい市場に全く新しい製品・サービスを供給する「完全なるイノベーション戦略」、③代替品や破壊的イノベーションなど、既存の産業・市場構造を抜本的に刷新する「代替品戦略」という3種類のイノベーションを想定している。

 このうち、「新市場開拓戦略」と「完全なるイノベーション戦略」は、新しい市場を追加するものであるから、既存事業にとっての脅威は(ないとは言わないが)それほど大きくない。怖いのは「代替品戦略」である。というのも、代替品は既存事業を完全に吹き飛ばす威力を持っているからだ。そして、これだけ社会が成熟してくると、完全に新しい需要を一から生み出すことは非常に難しく、イノベーションの大部分は代替品戦略になると予測される。経営陣は自社の既存事業を潰さないように、代替品戦略というイノベーションを先取りしなければならない。これは、ブログ別館の記事「河合忠彦『戦略的組織革新―シャープ・ソニー・松下電器の比較』―3社のその後の命運を分けた要因に関する一考察」で書いた「包括的戦略」に該当する。

 経営陣は包括的戦略を主導する。現在の経営陣は、既存事業で成功したから現在の地位があるわけであって、過去の成功を自ら否定することには後ろ向きになる。だが、イノベーションの脅威に目をつぶった結果自社を苦境に陥れて経営責任を取るはめになるならば、裏を返せば、イノベーションを先取りして自社の事業を革新することも経営責任だと言えるはずだ。

 経営陣はまず、新しいミッション、ビジョン、価値観を掲げる。そして、それらに基づく新しい製品・サービスコンセプトを構想する。その上で、その製品・サービスを顧客に提供するためのビジネスエコシステム(生態系)を設計する。近年は、自社の利益を中心に据えたビジネスモデルという言葉よりも、多様なパートナーと一体となって顧客価値を提供するという点を重視して、ビジネスエコシステムという言葉が使われる。ビジネスエコシステムは、複雑な顧客価値を企業が単独で提供することが難しく、他社との協業が不可欠であるという前提に立っている。とりわけ今後重要になるのが、異業種との連携である。過去の代替品によるイノベーションを見ると解るように、代替品は予期せぬ異業種からやってくる。据え置きゲーム機、CD、DVD、メール、デジカメ、書籍、漫画、雑誌、クレジットカードなどは、スマートフォンという異業種によって破壊された。だから、異業種からの参入には、異業種との連携で対抗するのが効果的である。

 また、ビジネスエコシステムでもう1つ重要になるのが、競合他社との連携である。ポーターの競争戦略論は、競合他社を叩くことを主眼に置いている。本号に収録されている論文はポジショニングに関するものであったため、競合他社叩きは影を潜めていたものの、ポーターの大著『競争の戦略』は、有名なファイブ・フォーシズ・モデルを用いて、いかにして業界内で自社のパワーを保ち、競合他社を排撃するかについて多くのページを割いている。しかし、そのようなやり方はもう時代に合わなくなってきているということであろう。

競争の戦略競争の戦略
M.E. ポーター 土岐 坤

ダイヤモンド社 1995-03-16

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 ブログ本館の記事「岸見一郎、古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』―現代マネジメントへの挑戦状」で、アドラーは垂直的な競争を否定し、各々がそれぞれのやり方で前に向かっていくような水平関係を構築しなければならないと主張していることを書いた。私はこの意味をまだ十分に咀嚼できていないのだが、1つの解釈として次のような見方が成立すると考える。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で書いたように、日本企業が強いのは、右下の「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoC)・事業(BtoB)に与えるリスクが大きい」という<象限②>である。

 この象限は必需品であるから、何としてでも全ての顧客のニーズを満たさなければならない。しかも、顧客のニーズは多様化かつ高度化している。すると、どの企業も単独では個別の顧客のニーズに完全には対応できない恐れがある。一方で、各企業には、長年にわたって獲得された精緻で微細かつ多彩な組織能力が蓄積されている。自社のターゲット顧客でありながら自社の組織能力では十分に対応できない場合は、競合他社の組織能力の一部を借りる。逆に、他社のターゲット顧客でありながらその企業の組織能力では十分に対応できない場合は、自社の組織能力の一部を提供する。こうして、競合他社間で細かく組織能力を調整し、市場の全顧客のニーズに応える。これが競合他社との連携の1つのあり方ではないかと考える。

 ビジネスエコシステムの設計の後には、研究開発・製品開発チームの編成、ビジネスプロセス・組織体制の見直し、人材育成の実施、評価制度の再構築などが続く。(外部のコンサルタントである私が言うことではないが、)外部のコンサルタントにこうした一連の経営改革の支援を依頼すると、論理的には筋の通った案を作成してくれる。ただ、注意しなければならないのは、製品・サービスコンセプト、ビジネスエコシステム、研究開発・製品開発チーム、ビジネスプロセス、組織体制、人材育成、評価制度に、自社の新しい価値観を丁寧に織り込んでいくという情理面の作業が欠かせないということである。これを怠ると、頭では理解できるが気持ちがついていかないという改革になって、最悪の場合改革が計画倒れになってしまう。

 イノベーションに関してよく問題になるのが、「イノベーションの組織を既存事業と分けるべきか?」という点である。イノベーションはすぐに成果が出ない。それに、既存事業とは異なる仕事のやり方が求められる。よって、既存事業と同じマネジメントを適用したり、同じ業績指標で評価したりするとすぐに潰れてしまう。だから、イノベーションの組織は既存事業から分けるべきだというのが一般論である。古くはピーター・ドラッカーがそのように主張していたし、破壊的イノベーションを提唱したクレイトン・クリステンセンもドラッカーを支持していた。

 この点に関しては、以前の記事「『イノベーションのジレンマ(DHBR2016年9月号)』―イノベーションの組織は既存組織と分けるべきか否か?」で論じたことがある。先ほど挙げた3つのイノベーションの類型のうち、①新市場開拓戦略は、既存事業の延長線上に新市場を創造するから組織を分けない方がよい、②完全なるイノベーション戦略は、既存事業とは全く異なることを行うから組織を分けた方がよい、③代替品戦略は、既存事業にとって脅威となり、既存事業から妨害を受ける恐れがあるから組織を分けた方がよい、というのが当時の結論であった。今、この記事で中心的に取り上げているのは代替品戦略であるから、それに絞って話を進めると、果たして組織を分けた方がよいのかどうか、最近は私の中で考えが揺れている。

 というのも、仮に代替品戦略が成功して既存事業がお払い箱になった場合、既存事業の社員を簡単に捨て去ってよいのかという疑問が生じるからである。よく考えてみると、既存事業と代替品は完全なる対立関係にあるとは限らない。既存事業の社員は、顧客が代替品へとシフトすることを支援することもできる。よって、両方の組織を分けずに、代替品の浸透に伴って、徐々に既存事業の社員を代替品事業へと移行するという手もあるのではないかと思うようになった。もっとも、代替品の普及スピードなど様々な要因に左右されるため、代替品戦略だからといって既存事業と組織を分ける/分けないと杓子定規に決められる問題でもないのが難しい。

 もう1つ、イノベーションに関する論点としてよく挙がるのが、「イノベーションはアジャイルで完成できるのか?」というものである(本号には、アジャイルに関する論文もあった)。個人的には、イノベーションにアジャイルを適用することには懐疑的である。とりわけ、日本企業が強い<象限②>は、モジュール化が進んだとはいえ、未だに擦り合わせがものを言う。だから、部分的なアジャイルの導入はできても、完全なるアジャイルは難しいと考える。そもそも、アジャイルは、製品・サービスを完結したモジュールやコンポーネントに分解し、開発者は自分が担当するコンポーネントの完成に集中すればよいという考え方である。その意味で自己実現的であり、誤解を恐れずに言えば自己満足的、利己的である。しかし、日本人の強みは利他的であることとチームワーク重視である。アジャイルの原則は日本人の精神と相容れないように感じる。

 話は変わるが、現在経済産業省は、日本企業の競争力を回復・強化するために、あらゆる産業で合併・経営統合を進めている。だが、私はあまり好ましい傾向だとは思わない。経産省は、企業が合併すれば経営が合理化されてコスト減につながると安易に考えている節がある。しかし、マーク・L・シロワー『シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか』(プレンティスホール出版、1998年)を読めば解るように、シナジー効果というのはそう簡単には表れない。まして日本の場合、企業同士が大きすぎて合併することが難しく、持ち株会社を作って経営だけを統合し、傘下の企業には独立運営を認めるというパターンが多い。この場合、コスト減などのシナジー効果はかなり限定されてしまうと考えた方がよい。

シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)
マーク・L. シロワー Mark L. Sirower

プレンティスホール出版 1998-06

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 最も危険なのは、産業の川上に位置する企業を合併・経営統合することである。川上の企業は川下の企業に比べて取り扱っている製品が少ないから、合併・経営統合すればスケールメリットが得られると思われがちである。だが、川上の企業が合併・経営統合されると、実は、川下の企業の戦略が同質化する。解りやすい例で言うと、近年食品メーカーが季節ごとに発表する新製品が似たり寄ったりになっている。ある年はどのメーカーもイチゴを使った製品を出し、ある年はどのメーカーも梨を使った製品を出す。これは、食品産業における川上の企業が集約化されているためである。市場の多様なニーズに対応し、川下の企業が幅広い戦略的ポジショニングを取れるようにするためには、川上の企業こそバラエティに富んでいなければならない。川下の企業は、川上の企業の独自性あふれる製品を活かして、競合他社と差別化された製品を作る。だから、川上の企業を集約するなどというのは禁じ手である。

 経産省は、縮小する国内市場を埋め合わせる形で、合併や経営統合によって海外の需要を取り込もうと息巻いている。しかし、海外の需要を獲得するということは、その分だけ現地国企業の売上を奪うことでもある。私は経済音痴なのでまたおかしなことを言っていると思われるかもしれないが、これは新しい経済植民主義とでも呼ぶべき現象である。日本は世界各国から評価されているから、日本企業の進出は海外で諸手を挙げて歓迎されると思ったら大間違いである。どの国も、最初に考えるのは自国民の雇用を確保することである。よって、新興国をはじめ、外資企業の参入を規制している国は決して少なくない。

 日本の人口が減少するということは、需要も減るが供給も減る。経産省がなすべきことは、いつまでも成長神話にとらわれて企業を合併・経営統合し、企業を巨大化させることではなく、逆に、減少する需要に合わせて供給力を調整することである。とはいえ、その過程で余剰の人員はどうしても発生する。しかし、幸いにも新しい産業が生まれているし、人手不足の産業も存在する。余剰人員をこれらの産業にシフトさせるよう、職業訓練を施したり、セーフティーネットを整備したりすることこそ、経産省に求められる仕事である。

 最後に、経産省の仕事についてもう1つ注文をつけておく。経産省の仕事は、産業・企業に介入することだと思われている。だが、私が本ブログで何度か示している日本社会の多重構造「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭(国民)」という図式に従えば、行政府の一部である経産省がまず介入するべきは市場/社会である。つまり、有限の資源を上手に分け合って国民が物質的・精神的に恵まれた生活を送るために、よき消費者/市民として振る舞うよう導かなければならない。先ほどの構図は、階層構造の上に行けば行くほど利他的でなければならず責任が伴い、下に行けば行くほど利己心が許され自由が認められることも示している。「市場/社会」は階層構造のちょうど中間に位置し、利己心/自由とともに利他心/責任も要求される。顧客は神様だから、また自由市場経済だから、消費者は自由に振る舞ってよいとは私は考えない。消費者/市民には一定の社会性が要求される。

 かつて経産省は、大型スーパーの台頭に伴って、「安く、早く、高品質のものを購入するのが賢い消費者」というイメージを国民に吹き込んだ。その結果、企業は過度な価格競争に巻き込まれ、高品質への対応に苦慮し、モンスターペアレントに手を焼くことになった。消費者が勝手気ままに企業に要求を突きつける⇒業績が悪化した企業は社員の給与を下げる⇒社員が消費者側の立場になった時に苦しい生活を強いられ、暴走する⇒企業はさらに社員の給与を引き下げる⇒社員は消費者となった時にもっと暴徒化する―現在起きているのはこうした悪循環である。経産省はこの悪循環を断ち切る新しい消費者/市民像を提示しなければならない。例えば、製品・サービスの価値を正しく評価する、価値に見合う価格を支払う、1人の人間として道徳的・倫理的に行動する、企業のCSRを意識する、ほしい製品・サービスがない時は我慢するなどといった像である。経済産業省は、市場経済省などと名前を改めた方がよいと思う。


2017年03月13日

補助金の適正利用をチェックするよりも、補助金の投資対効果をモニタリングすることに注力すべきでは?


積み上げられた書類

 中小企業診断士として独立してから、経済産業省や中小企業庁の補助金を受けている中小企業を支援させていただく機会が増えた。経済産業省関連の補助金の多くは事後精算であり、中小企業が購入した物品に関連する伝票類などの書類を揃えて事務局(たいていは、公的機関が経済産業省などから補助金事業の業務遂行を受託している)に提出することとなる。だが、事務局の要求はとにかく厳しい。例えば、機械装置を購入した場合には、

 -見積仕様書
 -見積書
 -注文書
 -注文請書(注文書と注文請書の代わりに契約書でもよい)
 -納品書
 -請求書
 -金融機関への振込依頼
 -会社の預金通帳のコピー

を用意しなければならない。これらの証憑類を、原材料や機械装置などを購入するたびに、また外注先や大学・公的研究機関などの委託先を使うたびに用意する必要がある。これに加えて、現物の写真や、委託先から納品された報告書なども提出を求められる。

 見積依頼書とは、「こういう仕様の製品を貴社に発注したいので、見積書を作成してください」とメーカーなどにお願いをする書類のことである。しかし、中小企業の商習慣上、見積依頼書を作成することはほとんどない。そのため、見積依頼書が抜けてしまうことが多いのだが、それでも事務局は許してくれず、事後的にでも作成してほしいと言われる。そこまで言うのだから、しっかりした書類でなければいけないのかと思いきや、「『見積書をください』というメールのコピーに責任者の印鑑を押したものでよい」と言うのだから、何とも形式的だという印象がぬぐえない。

 納品書も、単にメーカーから送られる納品書を保管するだけでは不十分とされる。余白に「検収済み」と書いて、検収した担当者の印鑑と検収日を添えなければならない。それが抜けていると、事務局から書類を突き返される。メーカーの中には、独自の検収書を用意してくれる親切なところがある。検収書は中小企業が必要事項を記入してメーカーに返却するため、中小企業の手元に残らない。ところが、そういう場合でも、事務局は「メーカーに返した検収書のコピーをメーカーから取り寄せよ」と注文をつけてくる。

 金融機関への振込依頼と会社の預金通帳のコピーを両方用意しなければならないのも厄介だ。なぜこの2つが必要なのかというと、前者は「金融機関に対して『○○社に△△円の振込をお願いします』と依頼した証拠」になり、後者は「その依頼に基づいて、実際に口座から△△円を引き落とし○○社に振り込んだことの証拠」になるのだという。確かにお金を支払ったという証拠なら通帳のコピーで足りると思うのだが、通帳の摘要欄には支払先の名前が印刷されないことがあるため、金融機関への振込依頼で確認する必要がある、というのが事務局の言い分である。

 補助金の財源は国民の税金であるから、そのお金が不正に使われていないかどうかをチェックしたいというのが事務局の思惑なのだろう。個人的には、確かに物品を買ってお金を支払ったことを証明するためであれば、せいぜい見積書、注文書、請求書、通帳のコピーと現物の写真があれば十分であるような気もする。ところが、事務局はそれ以外の書類をあれもこれも提出するよう要求してくる上に、書類に1か所でも不備があると受理してくれない。

 例えば、見積書の有効期限内に注文書を発行していないと、見積書を再度メーカーから取得するように指導が入る。商習慣上は、見積書の有効期限が切れていても大して問題にならないが、事務局は許してくれない。納品書に「検収済み」と書かれていないだけでも、書類の修正を強いられる。「検収済み」と書かれているかどうかと、補助金が適正に使われているかどうかはあまり関係ないと思うのだが、事務局にそういう話は通用しない。複数の物品を購入した場合、消費税の計算がメーカー側と中小企業側で若干異なるために、請求書の金額と中小企業が実際に支払った金額が1円違うことがたまにある。この場合でも、1円の誤差を是正せよと言われる。

 中小企業向けの補助金は、儲かる見込みがある優れたアイデアがあるのに、資金不足が理由で尻込みしている企業を支援して、補助金を上回る税収をリターンとして獲得するのが目的であろう。それならば国は、(1)補助金を交付しようとしている事業は収益化の見込みがあるか?という点と、(2)補助金支払い後に実際に事業が軌道に乗ったか?という点を厳しく見るべきではないかと思う。ところが、(1)(2)のチェックに割かれている工数は、補助金の事務局員が書類のチェックに費やしている工数よりもはるかに少ないと推測される。

 補助金を希望する企業は、補助金を使ってどういう新規事業をしたいのかという事業計画書を提出する。中小企業向けの補助金は、だいたい数百万円~1,000万円程度であることが多い。中小企業は、補助金によって数千万円~億単位の売上増を狙い、その実現シナリオを事業計画書の中に落とし込んで応募してくる。これを国側から見ると、数多くある1,000万円前後の投資案件の中から、有望なものを選択することに等しい。よって、国は中小企業に対して綿密な事業計画書を要求し、それを入念に審査しなければならないはずだ。

 ところが、補助金の審査に関与した知り合いの中小企業診断士によると、1件あたりの審査時間はわずか20分~30分であるという。国からの委託報酬を考えれば、1件1件をじっくり見ている時間はないらしい。しかも、近年は経産省の方針で、補助金に応募するハードルを下げるために、事業計画書のフォーマットが簡素化され、2~3枚で済むようになっている。もちろん、事業計画書の枚数が多ければよいというわけではないのだが、審査の効率化ばかりに気を取られ、事業の収益性を適正に評価するという肝心の目的がおざなりになっている気がしてならない。

 補助金事業が終了した後のフォローも不十分である。経産省関連の補助金では、補助金事業終了後3~5年間は、毎年事業の収支実績を国に報告する義務がある。ところが、肝心の事務局は補助金事業が終了すると解散してしまい、収支報告書を中小企業から回収する部隊はいないという。さすがに国が定める義務だから、誰かはトレースを行っているのだろうが、補助金事業中の事務局の手厚い(?)対応に比べると、比較にならないほど軽い扱いである。

 前述の通り、補助金は将来的に税金という形でリターンを得ることが目的である。よって、単に収支実績を報告させるだけでなく、補助金事業終了後も中小企業に密着して、事業が軌道に乗るようにアドバイスを送り、収益化の道筋を立てるぐらいのことはやってもいいのではないかと思う。事務局が補助金の期間中だけ書類チェックのために相当の人員を抱えるよりも、いっそのこと書類チェックは簡素化し、補助金終了後のフォローアップを手厚くしてはどうだろうか?そういう経営支援の分野にこそ、中小企業診断士の活躍の場があるように思える。


 《補記1》
 ここからは余談。補助金と言うと返済不要であるかのように思われがちだが、経産省関連の補助金の多くは「収益納付」の義務を定めている。これは、補助金を受けて行った事業がその後収益を上げた場合には、補助金支払い額を限度として、利益の一部を国に返還しなければならない、というものである。法的には、「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」に根拠がある(第7条2項)(簡易なケースについては、以前の記事「【補助金の現実(4)】《収益納付》補助金を使って利益が出たら、補助金を返納する必要がある」を参照)。

 ところが、現実問題として、この収益納付が行われるケースは非常に少ないようである。過去に補助金事務局員を経験されたことがある方から聞いた話によると、その補助金事業で収益納付が行われたのは、全体の約0.5%だったという。新規事業の成功率が0.5%ということはいくら何でも考えにくい。収益が上がっているのに、収益納付を行っていない企業が相当数あると考えられる。収益納付の詰めが甘いのも、補助金事業終了後に事務局が解散してしまい、各企業の収益を継続的にウォッチする人がいないためであろう。

 《補記2》
 こういう話を周りの診断士にすると非常に驚かれる。ある診断士は、「大企業向けの億単位の補助金であれば厳しくする理由も理解できる。だが、中小企業向けの数百万円~1,000万円程度の補助金でそこまでするのはやりすぎだ。経済産業省は、大企業向けの補助金と同じ運用レベルを中小企業向けの補助金にも適用しているのではないか?」と分析していた。一方で、別の診断士は、東京都中小企業振興公社の補助金は、私が書いた話以上に厳しいと教えてくれた。どうやら、振興公社の補助金には収益納付の規定がないらしい。誤解を恐れずに言えば、「あげっぱなし」のお金になるため、あげるための要件を厳しくしているのかもしれない。

 「あげっぱなし」という点に関連してもう1つ書くと、補助金の中には「前払いであげっぱなし」というものもあるそうだ(冒頭で書いたように、一般的な補助金は事後精算である)。つまり、最初に一定の額を支払ってしまい、仮にお金が余っても返却を求めないのだという。何というズブズブな補助金なのだろう。補助金は奥が深いと言うべきか、闇が深いと言うべきか・・・。


2016年06月03日

『中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック』(経済産業省)の補足


中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック

経済産業省 2016-03-14


中小企業基盤整備機構HPで詳しく見る by G-Tools

 中小企業が海外に進出する際に直面することが多いリスクを、進出計画段階、進出手続き段階、操業段階に分けて解説し、対応策を整理した冊子である。自社の潜在リスクを確認するチェックリストもついている。リスクマネジメントの一般論に加えて、国別、特にアジア各国に固有のリスクをまとめた表もあり、大変有益であった。今回はこの小冊子の内容について、私が知っている情報などを補足してみたいと思う(ページ番号は【詳細版】のもの)。

 【p14】このページに限らず、本マニュアルには「事業再編」という言葉が頻出する。実質的には撤退のことなのだが、撤退と言わずに事業再編と呼ぶのには2つの理由がある。1つ目は、撤退という言葉には後ろ向きのイメージがあるため、お役所が使いたがらないということである。中小機構が実施している「海外事業再編戦略推進支援事業」は、海外事業の縮小・撤退にかかる費用の一部を補助するものである。しかし、事業名はあくまでも「事業再編」となっている。

 2つ目は、国によっては撤退したくても撤退できないことがあるという理由である。その代表が中国で、中国で企業を清算することはまず不可能だと思った方がよい。当局は税の取りっぱぐれがないか、徹底的に調べ上げる。そして、何かと理由をつけては税金を要求する。当局とのやり取りは数年単位に及ぶこともあるため、それだけでも莫大な費用がかかる。だから、中国から撤退する場合には、企業を清算するのではなく、第三者に株式を売却した方が早い。

 【p37】合併先との交渉では、経営にどの程度影響を及ぼしたいのかを踏まえて出資比率を決めること必要だと書かれている。日本の場合は、議決権の3分の2以上を確保すれば安泰である。これは、3分の2以上を保有していれば、株主総会の特別決議を単独で成立させることができるためである。株主総会の特別決議は、定款変更、事業譲渡、解散・清算、組織変更、合併、会社分割、株式交換、株式移転、株式併合、監査役の解任、資本金の減少など、とりわけ企業経営を左右する重要な事項について行われる(会社法309条2項)。

 一方、アジアの場合、日本の特別決議に相当する決議を行うのに必要な出資比率が3分の2以上ではないことがある。例えば、タイ、ベトナム、インド、インドネシアは4分の3(75%)以上が要求される(「アジア企業のM&Aに際しての実務上の留意点」を参照)。インドの場合はさらに注意が必要だ。インドの株主総会では、何と挙手で決議が行われる。しかも、議決権数ではなく、頭数で決まる。例えば、日本の親会社が75%の議決権を保有し、インドのパートナー企業3社が残りの25%の議決権を分け合っていたとする。株主は4名である。ここで、日本の親会社が特別決議事項に反対したとしても、インドの3名が賛成すれば、決議が成立してしまうのである。

 【p46、54】合弁先、提携先、仕入先、顧客企業については、事前に信用調査をすべきと書かれている。日本人は人がよすぎるせいか、相手の素性を密かに調べることに対して、何か申し訳ないことをしているかのように感じてしまう節がある。だが、海外ビジネスの場合は、見ず知らずの相手、価値観も考え方も全く異なる相手と一緒に仕事をしなければならない。中には、最初から日本企業を騙すつもりの人がいることも事実である。したがって、信用調査を通じて、ビジネスの相手として本当に適切かどうかを見極めることが欠かせない。

 信用調査はピンキリで、1社数万円でできる場合もあれば、百万円単位のお金がかかることもある。だが、これから年間数千万円の取引をするかもしれない相手がいたとして、仮に取引開始後にその企業の支払い能力に問題があることが発覚すれば、こちらは深刻な被害を被ることになる。そのリスクを百万円ほどの先行投資で予防できると考えれば、決して高くはない。

 仕入先の信用調査をする場合は、仕入先の顧客企業がその仕入先に対してどのような評価をしているのか、評判を調査できるとよい。仕入先は過去に品質問題を起こしていないか?仕入先はクレームに対して誠実に対応してくれるか?といったことが解る。顧客企業の信用調査をする場合は、支払い能力の程度を調べることが重要であることは言うまでもないだろう。過去3年分の財務諸表は最低限手に入れたい。そして、相手が誰であれ調査するとよいのが、訴訟履歴である。その企業がどんな訴訟を起こしてきたのか、逆にどんな訴訟を起こされたのかを見ると、企業の経営方針、組織体質、潜在的な債務などが見えることがある。

 【p46】5Sを徹底せよと書かれている。5Sを徹底すると品質が向上するという効果が期待できるのはもちろんだが、その他の効果もある。アジアの工場では、工具や治具、原材料が頻繁に紛失する。社員が盗んで売ってしまうためだ。そこで、5Sを徹底して工具などの置き場を明確にする。こうすれば、何が盗まれたのかすぐに解る。加えて、工場の守衛の協力を得ることも大切である。工場からモノが盗まれる場合、たいていは社員と守衛がグルになっている。つまり、窃盗を見て見ぬふりをしている。だから、守衛には窃盗を見つけたらボーナスを与えることにする。こうすれば、盗難の被害はぐっと減る(逆に言えば、ここまでしないと盗難は防げない)。

 日本人は自分で掃除をするというのが当たり前の習慣になっているが、アジアではそうでない場合も多い。イスラーム圏のマレーシア、インドネシアでは、掃除は使用人の仕事と見なされている。また、カースト制が未だに根強く残るインドでも、掃除は身分が低い人間がするものだとされる。一般の人は、自分がごみを捨てれば彼らの仕事が増えるのだから、自分はよいことをしているのだとさえ考える。こういう人たちに、日本の5Sを浸透させるのは容易なことではない。

 【p55】各国の風俗・宗教に配慮すべきと書かれている。具体例が列挙されているが、マニュアルではどこの国のことか明示されていない。おそらく、次の通りではないかと思われる。

 ・「他人の子供の頭をなでる行為は、地域によっては「頭は神聖な場所であり、他人が触れてはいけない」という考え方があり、極めて失礼な行為と捉えられる可能性がある」⇒タイ、ミャンマー。なお、マレーシア、インドネシアなどのイスラーム圏でも、「頭を触ると子どもの成長を妨げる」と考えられているので、注意しなければならない。
 ・「取引先担当者の信仰を確かめずにクリスマスカードを送る等の行為は控える」⇒マレーシア、インドネシア。イスラーム圏では、クリスマスカードを送ることは失礼にあたる。
 ・「宗教上の習慣(勤務時間中のお祈り等)には配慮する」⇒マレーシア、インドネシア。就業規則でお祈りの時間を定めたり、工場内に簡易的なモスクを設けたりなどの工夫が必要である。
 ・「飲酒が禁忌とされる宗教もあるため、コミュニケーションの一環として、飲酒を伴う接待への誘いは控える」⇒仏教国の中ではタイがお酒に厳しい。マレーシア、インドネシアなどのイスラーム圏では、クルーアン(コーラン)の中でお酒が禁じられている。
 ・「従業員を人前で叱るなどの面子をつぶすような対応はしないよう配慮する」⇒ほとんどのアジアの国に該当する。タイでこのようなことをすると、叱られた側の親族が報復として殺害行為に及ぶことがある。そのぐらい、面子は重要である。本マニュアルの他の箇所を読むと、インドネシア、中国、フィリピン、マレーシアが面子を重んじる国であると指摘されていた。

 【p68】突発的な残業を指示しても、社員に断られる場合があると書かれている。アジアの労働法は、日本と比べると概して労働者寄りである。そのため、残業が厳しく制限される、割増賃金が異常に高い、残業をさせる場合には法定の手続きを踏む必要があるなど、様々なルールがある。これに関しては、各国の労働法に関する情報を個別に収集するしかない。

 ただ、日本人が残業もいとわないことに対して、多くのアジア人は否定的な見方をしていることは共通の事実のようである。日本人は、時間に対して極めて正確であることを誇りとしている。ところが、アジア人に言わせると、「日本人は時間を守らない」という評価が返ってくる。「日本人は就業規則で1日の労働時間を9時~17時と定めているのに、17時に仕事が終わらない。だから、時間を守らない」というのがアジア人の言い分である。

 【p74】進出先の政治的・宗教的記念日には、テロや暴動が起きる可能性があるとあり、中国の例に触れられている。だが、肝心の日付が書かれていない。中国で重要なのは、①9月18日(満州事変)、②7月7日(盧溝橋事件)、③12月13日(南京大虐殺)、④9月3日(抗日戦争勝利記念日)の4つである。こういう日に新店舗をオープンするなどというのは自殺行為である。



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