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比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた
元井弘『目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用』―言葉の定義にこだわる割には「役割業績給」とは何かが不明なまま

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年06月15日

比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた


給与明細と電卓

 成果主義が浸透するにしたがって、給与も従来の職能給中心から業績給中心へとシフトしているようである。だが、「個人の業績」を特定するのは容易ではない。短期的には業績につながらないが、中長期的には業績アップが見込まれるというポテンシャルをどう評価するのか?個人の業績にはつながっていないが、同僚や他部門に対して大きな貢献をした社員をどのように評価するのか?マネジャーの業績とはそのマネジャーが率いる部門の業績だが、どこまでがマネジャーの貢献分で、どこからが部下の頑張りによるかをどうやって線引きするのか?イノベーションを推進するために失敗に寛容な組織文化を醸成するとすれば、イノベーションに失敗した人にも業績給を支給するべきだが、その場合の業績とは何か?など、様々な問題がある。

 私は何度かこれらの問題に取り組んだものの、満足な答えが得られたことがない。業績を厳密に定義しようとすればするほど、賃金制度は複雑になり、社員の理解が得られなくなる。そこで、仮にも人事コンサルタントである自分がこんなことを言うと波紋を呼びそうだが、業績給による賃金制度を作ることは諦めることにした。ブログ別館の記事「経団連事業サービス人事賃金センター『本気の「脱年功」人事賃金制度―職務給・役割給・職能給の再構築』―人事制度は論理的に設計すればするほど社員の納得感が下がる」でも書いたように、人事制度で重要なのは「論理性」ではなく「解りやすさ」であると思う。

 《参考記事(いずれも旧ブログ)》
 『人事と出世の方程式』―功ある者には禄を、徳ある者には地位を
 『バリュー・プロフィット・チェーン』―「顧客生涯価値」と「社員生涯価値」のまとめ(1)(2)
 「人材の柔軟な配置変更」の実現に向けてクリアすべき課題―『イノベーションの新時代』
 マネジャー(管理職)の評価方法に関する素案
 「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案

 最も解りやすい賃金制度は、やはり日本企業の伝統である「年功制」である。年齢という誰にとっても明白な基準で給与が決定されるからだ。さらに、その給与は社員の生活を十分に保障するものでなければならない。以前の記事「【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察」でも書いたように、企業は自社に対して、経営資源の1つである人材を供給する家庭に「下問」し、家庭の目標である「生計の維持」を達成できるよう支援することを経営上のルールとする必要がある。そして、一般的に、生計費(生活費)は社員の加齢とともに増加するから、年功制に基づく賃金制度では、給与は年齢とともに上昇し続ける。

 近年、高齢社員の人件費を抑えるために、賃金カーブが途中から右下がりになる給与体系を導入している企業が増えている。しかし、長くその企業に勤めると途中から給与が下がることが解っている企業で、ずっと働こうと思う社員が果たしてどれくらいいるのか疑問である。さらに、給与が下がった高齢社員のモチベーションも心配である。彼らのモチベーションが下がれば、周囲の社員の士気にも影響する。モチベーションは伝染するものであるからだ。私は、自ら社内にがん細胞を植えつけて、それを増殖させるような施策を取る企業の心理が理解できない。

 出光興産の創業者である出光佐三は、「年功制」、「生活給」の支持者であった。
 出光には労働切り売りの思想はないんです。しかし従業員の生活は保障し、安定させなければならない。どうやっているかというと、結婚すればまず家を与え、妻手当を支給するし、子供ができれば子供手当を与える。だから、同じ大学を出た者でも、結婚すれば実質的に給料が6割ぐらいふえることになっております。これはどういうことかと言えば、独身時代でもそんなにゆとりのある生活はさせておらない、そこで結婚すれば女房の食い扶持もいるし、社交的交際もふえるので、いままでの給料であればみじめな生活をしなければならない。これは親として見るに耐えないということなんですよ。
 お前は年をとったから駄目だ、若い者のほうがよいというような、肉体的働きばかり見ていてはいけない。そういう目に見える労働だけではなくて、それ以外に人間の尊厳と苦難の経験から出た判断力というものがある。これは年とった人にあるんです。そういう年とった人を敬うところから和の力も出てくるし、年とった人を大切にすればお互いが仲よくなる。年寄りを馬鹿にすることは対立闘争になりますよ。(中略)私は人間のあり方を尊重することから年功序列をとっているということです。
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 ここからは、私が考える「非常にシンプルな賃金制度」の試案を示してみたいと思う。なお、本来であれば、賃金制度はその企業の戦略とリンクさせるべきものであるところを、今回は賃金制度のみを切り出して取り上げているので、若干数字遊びのようになっている点はご容赦いただきたい。こういう柔らかいアイデアを公開すると、「お前は本当に人事分野のコンサルタントなのか?」と言われそうだが、敢えてそのリスクを承知の上で書くこととする。

①基本給テーブル

 大学卒業後に入社し、65歳で定年を迎えるケースとした。基本給は年功制かつ生活給の性質を持つものであるから、その決め方は極めて単純である。つまり、「年齢×10,000円」とすればよい(上図のオレンジ網掛けの部分)。究極までシンプルにすれば、賃金制度はこれが全てである。だが、さすがにこれでOKとする企業はほとんどないから、社員の能力によって若干の差をつけることとする。出光佐三も前掲の著書の中で、多少は能率給を考慮すると述べている。

 社員の能力評価も、賃金制度と同様に簡素化する。以前の記事「グロービス・マネジメント・インスティテュート『ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術』―若者が猫も杓子もコンサルタントを目指していた時代のキャリア開発論」で示した、①構想力、②問題解決力、③組織を動かす力、④コミュニケーション力という、どの企業でも共通して求められる4つの能力に、「業界特有の知識」を加えた5つの能力・知識について、定期的に5段階で総合評価を行う。その結果、例えば30歳の場合、評価が「3」の時の給与=30歳×10,000円=300,000円を基準とし、評価が1上がるごとに2,500円給与が上がり、評価が1下がるごとに2,500円給与が下がるようにしてある。評価結果による給与の増減幅は他の年齢でも同じである。

企業に共通して求められる4つの能力

 多くの日本企業には依然として職能資格制度が残っているので、能力・知識の評価結果を職能資格制度と連動させる。下表では職能をLevel1からLevel9まで設けている。Level1・2が一般社員に、Level3・4が係長に、Level5・6が課長に、Level7・8が部長に、Level9が取締役に対応する。ある職能から上位の職能に昇進するためには、その職能に昇格して以降、直近5年間の能力・知識評価結果の合計が15点以上である必要がある。よって、上位の職能には最速3年で昇格できる(「最短昇格年齢」の列を参照)。一方、毎年の評価が「3」の場合、昇格に5年かかる計算になる(「標準昇格年齢」の列を参照)。各職能の職能給も、下表のように設定する。

②職能と昇格・職能給・役職手当・降格・再昇格条件

 実は、毎年の能力・知識の評価結果や職能給では、ほとんど給与に差が出ない。これでは最近の社員はモチベーションが上がらないという企業のために、「役職手当で差をつける」という方法をとった。上表の役職手当は、「早い年齢で昇進した方が金額が大きくなる」かつ「毎年、年齢に応じて少しずつ手当が増える」ように設計されている。例えば、係長の役職手当は、「10,000円×√(39歳(※Level4に昇格する標準年齢+1歳)-係長になった時の年齢①)+(年齢-係長になった時の年齢②)×2,500円」で計算される(「係長になった時の年齢①」は、後に述べる降格によって39歳以上で係長になった場合には38歳と見なす。「係長になった時の年齢②」は、文字通り係長になった時の実年齢である)。この計算式だけやや複雑なのだが、ポイントは「早い年齢で昇進した方が金額が大きくなる」かつ「毎年、年齢に応じて少しずつ手当が増える」ことである。これを実現できる方法で、もっと簡単なやり方があれば是非ご教示いただきたい。

 各職能を最速の3年で昇格していく人と、標準の5年で昇格していく人を比較したのが下の表とグラフである。課長を例にとると、最速のケースでは35歳で課長になる。この場合の役職手当は、「30,000円×√(49歳-35歳)+(39歳-39歳)×2,500円=112,249円」である。これに基本給355,000円(最速昇格の場合、評価は「5」なので、基準となる「3」の時の基本給350,000円より5,000円高い)と、職能Level5の職能給20,000円が加わり、合計は487,249円となる。一方、標準のケースでは43歳で課長になる。この場合の役職手当は、「30,000円×√(49歳-43歳)+(43歳-43歳)×2,500円=73,484円」である。これに基本給430,000円(標準昇格の場合、評価は「3」である)と、職能Level5の職能給20,000円が加わり、合計は523,484円となる。

③最速昇格・昇進と標準昇格・昇進

⑥賃金カーブ

 係長には最速で29歳、標準で33歳、課長には最速で35歳、標準で43歳、部長には最速で41歳、標準で53歳の時に昇進する。これを踏まえて、最速で昇進する場合と標準で昇進する場合の賃金カーブをグラフ化したものが上図である。最速で昇進する場合には、標準で昇進する場合とほぼ同額の給与を若いうちに獲得することが可能である。

 リクルート・マネジメント・ソリューションズの「RMS Research'09昇進・昇格実態調査」によると、降格運用を行っているという企業は、ほぼ3社に1社(部長30.4%、課長33.5%)となっている。これは2009年の調査結果とやや古いため、現在ではその割合がもっと上がっていると思われる。そこで、私の試案でも降格人事を考慮することにした。係長以上では、「昇進して以降、直近2年の評価ポイント合計が3以下」の場合、下の役職に降格する。ただし、敗者復活の道も用意されており、「降格して以降、直近2年の評価ポイント合計が8以上」であれば、元の役職に復帰できる。これを具体的に示したのが下の表とグラフである。

④降格を経験するケース

⑦賃金カーブ(降格がある場合)

 上段の表は、標準のペースで昇格・昇進し、53歳で部長になった人が、53歳、54歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、55歳で課長に降格したケースである。ただし、55歳、56歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、57歳で部長に再昇進する。57歳以降は再び標準的な評価「3」に戻る。53歳、54歳と2年連続で評価「1」を取ったことで、54歳、55歳の基本給は、標準的な評価「3」の場合よりも5,000円低くなる。一方、55歳、56歳と2年連続で評価「5」を取ったことで、56歳、57歳の基本給は、標準的な評価「3」の場合よりも5,000円高くなる。57歳以降は再び標準的な評価「3」に戻ることで、58歳以降の基本給は標準的な金額となる。

 課長に降格した55歳の役職手当は、本来は「30,000円×√(49歳(※Level6に昇格する標準年齢+1歳)-課長になった時の年齢①)+(年齢-課長になった時の年齢②)×2,500円」だが、「課長になった時の年齢①」については、降格によって49歳以上で課長になった場合には48歳と見なすので、「30,000×√(49-48)+(55歳-55歳)×2,500円=30,000円」となる。ここで、職能と役職は分離している点に注意を要する。53歳で部長になった時の職能はLevel7だが、55歳で課長に降格しても職能はLevel7のままである。よって、Level7にいた53歳から57歳までの5年間の評価の合計は、1+1+5+5+3=15となり、58歳でLevel8に昇格することができる。

 下段の表では、標準のペースで昇格・昇進し、33歳で係長になった人が、33歳、34歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、35歳で一般社員に降格している。ただし、35歳、36歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、37歳で係長に再昇進する。その後、標準のペースで昇格・昇進し、43歳で課長になるが、43歳、44歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、45歳で係長に降格している。ただし、45歳、46歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、47歳で課長に再昇進する。その後、標準のペースで昇格・昇進し、53歳で部長になるが、53歳、54歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、55歳で課長に降格している。ただし、55歳、56歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、57歳で部長に再昇進する。幾度もの降格にもめげない社員を想定している。

 標準のペースで昇格・昇進した人(青色)、上段の表の人(赤色)、下段の表の人(緑色)の賃金カーブをグラフ化したのが上図である。降格により一時的に給与は下がるとはいえ、本人が頑張れば、降格回数に関わらず挽回が可能であることを示している(部長になってから降格した社員は、標準のペースで昇格・昇進した社員よりも給与が低いが、もし挽回可能な賃金制度にするならば、今回の試案では対象外とした役員報酬で調整すればよいと考える)。

 これもまた古い調査データになるが、厚生労働省「平成21年賃金事情等総合調査(退職金、年金及び定年制事情調査)」によると、慣行による運用を含め47.7%の企業が役職定年制を導入している。そこで、試案では、60歳で役職定年になるケースも想定してみた。言うまでもなく、役職定年によって役職手当がなくなる分だけ給与が下がる。しかし、社員の生活費を十分にカバーできるように基本給を設定することで、社員に生活の安心感を与えることができる。

⑤役職定年があるケース

⑧賃金カーブ(役職定年がある場合)

 最後に1つだけ厳しいことを書いておく。私は年功制の支持者であるが、終身雇用は支持していない。もちろん、終身雇用が実現できればそれに越したことはないものの、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いたように、終身雇用を実現しようとすると、企業は大変なスピードで業績を拡大しなければならない。高度成長期でもほとんど実現不可能な成長率を、現代の成熟社会においても期待するのは無謀である。冒頭で、家庭の生計維持の支援をマネジメント上のルールとすべきだと書いたが、終身雇用の保障までルールとするのは企業にとってあまりに酷である。

 私は、現行の解雇基準を緩和して、一定の社員を放出することを容認するべきだと考える。具体的には、職能の各レベルの標準昇格年齢に至ってもなお昇格の要件を満たさない社員を放出する。また、39歳になっても係長のポストがない社員、49歳になっても課長のポストがない社員、59歳になっても部長のポストがない社員も放出する。彼らには、その企業で十分に活躍する場がなかったということである。ただし、企業は単に彼らの首を切るだけでは不十分である。企業は、彼らに十分な機会を与えることができなかった代わりに、彼らが他の企業へ転職したり、起業したりするのをサポートする。例えば、転職活動の間の生活費を一定期間保障する、起業のための資金の一部を提供する、などの方法が考えられる。こうすることで、家庭の生計維持の支援というマネジメント上のルールを可能な限りギリギリまで遵守するよう努める。

 (※1)賞与の決め方については別の機会にトライしたいと思う。
 (※2)今回の記事で使用した表やグラフが含まれるExcelファイルをDropboxにアップしました。ご自由にお使いください。>>>20180615_chingin-nenkousei.xlsx

2018年04月06日

元井弘『目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用』―言葉の定義にこだわる割には「役割業績給」とは何かが不明なまま


目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用
元井 弘

生産性出版 2007-08-01

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 本書の著者からは、人事制度をめぐる様々な言葉の定義を明確にしようという姿勢がよく伝わってきた。「期待基準主義と実績主義」、「基準主義と審議主義」、「要点主義と範囲主義」、「絶対考課と相対考課」、「加点主義と減点主義」、「期待値主義と時価主義」、「画一主義と複線主義」、「仕事ベースと人ベース」、「役割と職務」、「役割等級と職能等級」、「目標と計画」といった言葉の違いが丁寧に記述されている。本書の帯には「『評価』と『考課』の違いは?」とあったのだが、恥ずかしいことに私は答えられなかった。著者によれば、「評価」とはある期間の勤務実績について、特定の基準に基づいて判断することであるのに対し、「考課」とは個々の事実の評価を総合して、ある期間の勤務実績を集団内における成績として判定することである。

 通常、評価はまずは対象者の上司が行い(1次評価)、さらに上司の上司が行う(2次評価)。評価とは、期初に設定した目標が達成できたか否かという評価であるから、自ずと「絶対評価」になる。一方、2次評価が終わると、全社員の評価結果を持ち寄って、経営陣と人事部との間で最終的な判定が下される。この場合、例えばSは全社員の10%、Aは25%、Bは40%、Cは20%、Dは5%程度を目安にしていれば、各社員の判定はこの範囲内に収まるように調整される。絶対評価で同じAを得た甲と乙という2人の社員について、経営陣と人事部による議論の結果、甲の方がより優れていると判断されれば、甲の評価がSに変わることがある。このように、最終段階では社員間の比較によって結果が変わるため、「相対考課」であると言える。

 ただし、本書を読んで色々な疑問も出てきた。以下、突っ込んだ話になるが列記していく。

 ①本書のサブタイトルには「役割業績主義人事システム」とある。職能資格制度における給与が職能給であるのと同様に、役割業績主義人事システムにおける給与は「役割業績給」(p60)ということになる。ところが、この役割業績給というのが一体何なのか、実は明らかにされていない。役割給や業績給と何が違うのかという素朴な疑問が生じる。

 ここで、給与の性質について整理しておきたい(旧ブログの記事「功ある者には禄を、徳ある者には地位を-『人事と出世の方程式』」を参照)。給与は、大きく分けると基本給と賞与から構成される。基本給とは、「このぐらいの仕事をする人にはこのぐらいの給与を支払おう」という企業側の意志の表れであり、社員に対する投資である。経営陣は、事業計画の中で売上高や利益の目標を設定し、その目標を達成するためには社員にいくら投資すればよいのかを考えて、人件費を予算化する。あるいは逆に、現在の社員の人件費(投資)を踏まえると、このぐらいのリターンを獲得する必要があると考えて、事業計画を作成する場合もあるだろう。

 「このぐらいの仕事」の中身を詳細な職務分析を通じて明らかにし、職務の内容や難易度に応じて給与を支払うとすれば役割給、職務給となる。一方、そこまで詳細な分析は行わず、「このぐらいの能力を持っている人は、このぐらいの仕事が期待できるから、このぐらいの給与を支払おう」というのが職能給、能力給である。欧米企業は前者を、日本企業は後者を採用することが多い。いずれにしても、基本給のポイントは、「投資型」であるということである。

 これに対して、賞与とは、過去半年間ないし1年間の利益の一部を社員の貢献度合いに応じて還元しようとするものであり、「精算型」である。最初から賞与も予算化している企業もあるが、多くの企業は利益の見通しが立ってから、賞与をいくらにするか決めている。賞与の額は、社員の貢献度合いに左右される業績連動型である。実力で高い成果を上げた社員も、たまたま運がよかっただけの社員も関係ない。あくまでもその社員がその期間内に上げた成果に応じて利益が配分される。ただし、このルールを厳密に適用すると、中長期的な取り組みを行った社員や、難易度の高い仕事にチャレンジして失敗した社員が報われないため、ルールが多少調整されることはある。とはいえ、賞与の性質は「精算型」であるという点には変わりがない。

 以上を踏まえて「役割業績給」という言葉を考えてみると、p60の図を見る限り、賞与とは別立てになっていることから、基本給に相当すると著者は位置づけているのだろう。だが、役割業績給という言葉からは、役割給と業績給の混合型が想起される。しかし、既に述べたように役割給は投資型、業績給は精算型であり、性質の異なる2つの給与が混同されていることに違和感を感じる。役割業績給の定義がなされていないため、当然のことながら役割業績給をどのように決定し、給与制度をどうやって運用するのかについては一切触れられていない。

 ②p67以降では、「ダブルラダー人事制度」というのが提案されている。職能等級と役割等級の2本立てで運用する人事制度らしい。職能等級の場合、能力は線形的に成長するものとされているため、通常は時間の経過とともに等級が上がっていく。他方、役割等級については、p61で野球の投手の例が挙げられている。その例では、投手に4つの等級を設けている。
 P4等級=勝敗に直結する役割。
 P3等級=試合の流れを維持し勝敗に間接的に貢献する役割。
 P2等級=勝敗にあまり関係なく主要ピッチャーの戦力消耗を回避する役割。
 P1等級=試合には登場しない練習時における役割。
 P4は先発ローテーションの投手や勝利の方程式を担うリリーフ陣、P3は大量リード時に登板する中継ぎ陣、P2は敗戦処理の中継ぎ陣、P1はバッティングピッチャーといったところであろう。監督は各投手の能力や適性を見極めて、どの投手がどの等級に属するかを決定する。職能等級との違いは、降格があるという点である。例えば、先発投手(P4)として長く結果が出ない場合は、一時的に負担の軽い中継ぎ(P2)として起用するといったケースである。

 だが、このダブルラダー制度も、どのように運用していけばよいのかが述べられていない。人事考課の結果がどのように職能等級と役割等級に反映され、翌期の職能等級と役割が決まるのかが不明である。仮に、職能等級は上がっていくが役割等級が上がらないことがあるとすれば、結局は現在の多くの日本企業が運用している職能資格制度と変わらないように思える。日本企業は、ポスト不足という問題を解消するために、例えば役職は課長のままで昇進できないが、職能等級は部長相当にまで上げて昇給だけは実現させていることが多い。

 ③目標管理制度(MBO:Management by Objects)と言うと、すぐに人事考課と紐づけて考えてしまうのだが、著者は次のように述べて注意を喚起している。
 目標管理の狙いは、社員個々人が経営目標を分担し、各人が自己の目標に対してオーナーシップを持ち、各人の目標を達成することによって経営全体の目標を達成することである。(中略)目標管理は業績考課のため、賞与のためのものではないのである。ただし、目標達成度や業績貢献度には個人差が出ることから、人事考課(業績考課)に評価結果を反映させる。(p80)
 確かに、経営学者のピーター・ドラッカーが初めて目標管理を提唱した時、"management by objects and self-control"という表現を使っていた。現代の経営で重要な地位を占める知識労働者に対して、自らの成果と目標を明確に設定し、仕事を自ら適切にマネジメントせよというのがドラッカーのメッセージであった。私はこの点をすっかり忘れていたことを反省した。

 引用文にあるように、著者は目標管理を人事考課の全部ではなく一部だととらえている。まず、目標管理の結果は「実績考課」で見る。その際の注意点を次のように述べている。
 業績としての目標達成度の評価は、目標を担当する個人および組織を単位とした「目標の達成度の評価」と、個人が所属する組織および組織が所属する上位組織の業績に対する「組織業績への貢献度」の両面から把握する必要がある。(p146)
 だが、「組織業績への貢献度」を敢えて評価する必要性がいまいち理解できない。例えば営業部門において、Aさんは「売上目標4,000万円、実績6,000万円」、Bさんは「売上目標2億円、実績1億5,000万円」だったとしよう。Aさんは目標は達成しているがBさんに比べると営業部門への貢献度が低い。一方、Bさんは目標未達だが営業部門への貢献度は大きい。ここで著者は「目標の達成度の評価」と「組織業績への貢献度」の両方を考慮せよと言うわけだが、AさんとBさんで目標にこれだけの違いがあるということは、AさんとBさんの職能や役割がそもそも大きく異なっているわけである。期初に設定される目標は、職能や役割の違いに応じて、組織に対してどの程度貢献してほしいかという上司の意図を反映している。よって、「目標の達成度の評価」のみを評価すれば十分であり、「組織業績への貢献度」まで見る必然性を感じない。

 目標管理に基づく実績考課は人事考課の一部であるとして、著者はそれ以外に、「役割行動考課(業務推進考課)」、「意欲行動考課」、「マネジメント考課」、「部門業績貢献度考課」を行うべきだと書いている(p233)。しかし、なぜこの4つなのかが不明であるし、それぞれの考課も耳慣れたものではなく、具体的にどんな考課を行えばよいのか解説がない。さらに、人事考課には昇給、給与更改、賞与、昇格、昇進、異動配置、指導育成・能力開発、業績向上対策といった目的があるとした上で、それぞれの考課が各目的とどの程度強く関連しているのかをまとめた表がp217にある。これを見ると、実績考課は確かに多くの目的と強い関連を示しているものの、意欲行動考課や役割行動考課(業務推進考課)も全ての目的と一定の関連を持つとされている。これほど重要な考課の具体的な中身にほとんど触れられていないのが残念である。

 ④最後にもう1つだけ、細かい点に触れておく。
 例えば、組織業績として前年対比で110%であった場合において、本人の業績が年対比で110%であった場合の考課成績は「B:普通」となる。

 また、組織業績を目標達成度の観点で見た場合、組織の目標達成度が残念ながら90%であった場合において、本人の目標達成度が90%であった場合の考課成績も「B:普通」となる(本人の目標の達成度からすれば、「不十分」なのであるが、組織全体の中では「普通」となる)。(p259)
 前半は納得である。問題は後半である。業績連動で考課を行っているから、賞与の決定場面だと考えられる。①で述べたように、賞与は企業の利益を精算する性質を持っている。組織の目標達成度が90%であった場合、原資となる利益もその分減る。よって、本人の目標達成度が90%(つまり目標未達)であれば、「B:普通」ではなく、「C:不十分」としなければならない。これを「B:普通」としてしまうと、個人目標が未達なのに考課結果が釣り上がる社員が増え、減少した賞与の原資では賄えない恐れがある。単純な例として、社員全員の個人目標達成度が90%の場合を考えると解りやすい。企業の利益は減少し、賞与の原資も減っているのに、社員全員の評価を「B:普通」としてしまうと、賞与が足りなくなるだろう。




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