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『致知』2018年5月号『利他に生きる』―「ただ一心に聴く」ことの難しさ
『関を越える(『致知』2016年6月号)』―日本人の「他者との相互学習」の方法について

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年04月20日

『致知』2018年5月号『利他に生きる』―「ただ一心に聴く」ことの難しさ


致知2018年5月号利他に生きる 致知2018年5月号

致知出版社 2018-04


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 コンサルティングの現場では、顧客企業内の様々な関係者にヒアリングを行うことが多いのだが、私はどうもこのヒアリングが一向に上達しないので、悩みの1つになっている。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2017年2月号に収録されている論文「人間特性に基づいて科学的に嘘に対処する 誰もが正直者になれる交渉術」(レスリー・K・ジョン)では、相手から本音を引き出すポイントが5つ紹介されていた。

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 ①返報しようという気持ちを促す
 人間には、誰かから情報を入手した見返りに、自分も情報を与えるという傾向が強い。相手がデリケートな情報を打ち明けたら、こちらも同じく包み隠さずに対応しようとするのが本能である。よって、まず自分の方から戦略上重要なことに関する情報をつまびらかにするとよい。

 ②適切な質問をする
 多くの交渉者は、自分が劣勢に立つ恐れのあるデリケートな情報をがっちりガードする。関連する事実を自発的に提供せず、「不作為の嘘」をつく。これを回避するには、楽観的な仮説に基づく質問(例えば、「装置は正常に動いていますよね?」)ではなく、悲観的な想定に基づく質問(例えば、「もうすぐ新しい装置に取り換える必要がありますよね?」)をするとよい。

 ③はぐらかしに要注意
 抜け目のない交渉人は、単刀直入な質問をかわすことが多い。実際に尋ねられたことではなく、「これを聞いてくれたらよかったのに」と思うことに答える。ここで、肝心の質問を思い出すように促せば、はぐらかしを見破ることができる。例えば、相手の回答を聞きながら、自分がした質問を手元で確認するという方法がある。したがって、質問のリストを作成し、相手の回答をメモするスペースを残した用紙を持って交渉に臨むとよい。答えが返ってくるたびに時間を取って、実際に自分の求めている情報が得られたかどうかを検討する。

 ④機密保持に安住しない
 プライバシーと機密情報の保持に努めようとすると、実際には相手は疑いを抱き始めて口を閉ざし、情報の共有が減る原因になりかねないことが米国学術研究会議の調査で明らかになっている。相手が率直に話してくれる可能性が高いのは、機密保持の保証を避けるか、少なくとも最低限に抑えて、何気なくその話題を持ち出した場合である。当然ながら、耳にした機密情報は守らなければならない。ただし、尋ねられない限りはそれを公言する必要もない。

 ⑤情報を漏らさせる
 ある実験では、自己の行動をズバリと尋ねられたグループに比べ、自己の行動を間接的に尋ねられたグループの方が、悪い行動を取ったことを暗に認める可能性が約1.5倍高かったという。他人に知られると都合の悪い行動に関しては、はっきり打ち明けるのではなく、うっかり漏らす可能性の方が高い。交渉の場では、間接的な問いかけによって情報を収集できるかもしれない。例えば、相手に2種類の提案をして、どちらか一方を選んでもらうという方法がある。

 随分昔に旧ブログで「インタビューはボクシングに似たり-『コンサルタントの「質問力」』」という記事を書いたが、コンサルタントは事前に立てた仮説を検証するためにヒアリングを行う。そのためにロジックツリーなどを使い、知りたいことを網羅的に洗い出した上でヒアリングに臨む。ヒアリングによって仮説とは異なる事実が明らかになった場合には、仮説の方を修正する。ただ、これまでの実務を振り返ってみると、ヒアリングを受けて仮説を修正するケースは稀で、ほとんどの場合は仮説を裏書きするためだけにヒアリングを行っていたように思える。

 前職のベンチャー企業(教育研修&組織・人事コンサルティングサービスの企業)にいた時、「自発的にキャリア開発を行っており、モチベーションが高い社員」に共通して見られる行動特性を調査するというプロジェクトがあった。プロジェクトの成果物は、顧客企業のイントラネットに掲載されることになっていた。私の上司は、その行動特性に関する仮説をあらかじめ立てて、顧客企業の社員にヒアリングを行った。ところが、ある社員が、その仮説とは全く別の行動特性を示すことが明らかになった。ヒアリングの議事録を作成した私は、その社員の回答をそのまま記録したが、上司は「これは仮説と異なるから仮説に沿うように修正せよ」と命じてきた。私は、「対象者が一言も口にしていないことを議事録に残すことはできない。まして、イントラネットに掲載するのは無理だ」と言って、上司と喧嘩になったことがある。

 若い時は血気盛んだった私も、年齢を重ねると現実的になってしまった。まず、ヒアリングで検証したい仮説を列挙する。次に、ヒアリングの時間が1時間だとすると、質問できることは最大で10個ぐらいだと考えて、仮説の中で特に優先順位が高いものをピックアップする。その後、ヒアリングの相手に関する情報を集める。その上で、「こういう相手ならこの質問に対してこう答えるだろう」といった具合に、1時間の想定問答を頭の中でシミュレーションする。ヒアリングでは、できるだけシミュレーション通りに問答を進める。仮説から外れる情報については、一応メモを取るものの、後で「見なかったことにしている」。私もコンサルタントとしてはまだまだ未熟である。

 もっと相手の話を「聴く」ということに集中しないといけない。今月号の『致知』には、河合隼雄に学んだ臨床心理士・皆藤章氏のインタビュー記事が掲載されていた。
 皆藤:話を聴いている、というと「聴けばいいんですか」「誰にでもできることですね」と思う人がいらっしゃるでしょうけど、私が意識しているのは命懸けで話を聴くということです。先ほども少し触れましたが1人の人の声に50分間、ひたすら耳を傾けます。「ああしたらいい、こうしたらいい」という話は一切しません。週1回の話が長い人になると20年以上続くこともあります。
(鈴木秀子、皆藤章「人々の命に寄り添い続けて」)
 命懸けで聴くと言っても、具体的にどうすればよいか、想像力の乏しい私にはイメージが湧かない。そう思って過去の『致知』を読み返していたところ、2017年5月号にヒントがあった。
 横田:私の師匠で、円覚寺の先代管長である足立大進老師は、新しい若い住職が寺に入った時に必ずこう言っていました。和尚たる者、言葉は3つだけでいいんだと。1つは誰かが訪ねてきたら、ただ「ああ、そう」「ああ、そう」と話を聞きなさい。とことん話を聞いて、それが嬉しい話だったら、最後に「よかったね」。辛い話だったら「困ったね、大変だったね」。この「ああ、そう」「よかったね」「困ったね、大変だったね」の3つだけでいい。それ以外のことは言うなと。
(横田南嶺、相田一人「相田みつをの残した言葉」)
致知2017年5月号その時どう動く 致知2017年5月号

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 「聴く」ことに徹すると言うと、相手にあれこれとたくさん質問をしなければいけないように感じてしまう。以前に「【城北支部青年部】元Hondaの企画屋がやってきたコミュニケーション(勉強会報告)」という記事の中で、「(『内的傾聴』の反対である)『集中的傾聴』をしていると、質問が勝手に浮かんでくる」などと書いたが、実は質問が自然に湧き出てくるようになるまでには相当な訓練が必要である。たくさんの「聴く」を体感しなければ、その境地に至ることはできない。だが、「ああ、そう」、「よかったね」、「困ったね、大変だったね」の3つだけであれば実践できそうである。まずは、この3つの言葉を使い分けることに集中して、聴く訓練を重ねてみたいと思う。

 おそらく、コンサルタントが時間節約のために、ヒアリングをしながらメモを取るのもよくないのだろう。メモを取る時は、何を書くべきかを考えることになり、肝心の「聴く」ということに集中できない。だから、ヒアリング中はメモを取るのを止めてみようかと思う。前述の3つの言葉(「聴く」訓練を重ねたら、これらに加えて、『集中的傾聴』によって自然と浮かんでくる質問)を使って、相手の話を最大限に引き出すように努力する。それをボイスレコーダーに記録して、後からじっくりと書き起こす。ボイスレコーダーを出すと相手が委縮する場合があるが、何かの証拠のために使うわけではなく、聴き手である自分が聴くことに集中するためであること、また相手の話の聴き洩らしがないようにすることが目的であることを説明して、相手の理解を得るようにする。

 ただ、こういう形でヒアリングをする場合、怖いのが「沈黙」である。沈黙が続くと、相手との信頼関係が壊れてしまうのではないかと感じる。そして、沈黙を埋めるために余計な質問をしてしまう。時にその質問が、相手の答えを誘導することになる。この点に関して、私の大好きな『水曜どうでしょう』のディレクターである嬉野雅道氏が面白いことを言っていた。嬉野Dは最近、「嬉野珈琲店」なるものを運営している。コラム、エッセイ、旅日記などがメインだが、嬉野Dがこだわりのコーヒーを淹れながらファンと一緒に読書をするといったイベントも開催している。嬉野Dは、「1杯のコーヒーを媒介としてコミュニケーションが成立する。もし沈黙が続いた場合でも、1杯のコーヒーがあれば、お互いにそれを口にして、再びコミュニケーションに戻ってくることができる」と語っていた。私も、ヒアリングの際にはコーヒーやお茶を持ち込んでみることにしよう。

 命懸けで聴くことは、最終的には「祈り」につながるという。
 鈴木:私には祈ることの意味を感じた1つの出来事があります。40歳前後でしょうか、1人の男性が人生に行き詰って、医者の紹介で私のところにお見えになったことがあります。その人は船に乗って世界を回っているのですが、時々家に帰ると、幼い我が子が母親に虐待されていた。子供たちは体中アザだらけの状態で「お父さんのところに行きたい」と訴えるというんです。

 だけど、子供たちを船に連れていくことはできません。両方の親も亡くなっていて子供たちを預けることもできない。私と男性が向き合って、長い沈黙が続いた後、男性はふっと顔を上げて「いま決心がつきました。子供たちを施設に預けます。妻も病院で治療を受けられるよう手配を整えます」と言いました。(中略)

 それで、彼が立ち上がって帰ろうとする時、私は「何もしてあげられませんが、あなたのためにずっと祈り続けます。お子さんのためにも奥さんのためにも祈り続けます」と言ったんです。そうしたら彼は「自分のために祈ってくれる人がこの世に1人でもいれば、生き抜くことができます」と言って突然、わーっと大声を上げて泣き出し、椅子に座りこみ、かなり長いこと涙を出し続けていました。この彼との出会いは、祈りを大切に生きてきた私に大きな励ましの力を与えてくれました。
(鈴木秀子、皆藤章「人々の命に寄り添い続けて」)
 コンサルタントも困っている顧客企業とその社員を助けるのが仕事である。だから、彼らの懐に深く入り込み、心の奥底の声に耳を傾け、「彼らにとってよい結果となりますように」と祈る―これが理想のヒアリングというものではないだろうか?顧客企業のため、顧客中心・顧客志向と言いながら、結局のところ自分の仮説にとって都合のよい情報だけを恣意的に取捨選択するような独善的なヒアリングとはそろそろおさらばしなければならない。

2016年06月13日

『関を越える(『致知』2016年6月号)』―日本人の「他者との相互学習」の方法について


致知2016年6月号関を越える 致知2016年6月号

致知出版社 2016-06


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 本ブログでも何度か書いてきたが、多神教文化である日本においては、万物に多様な神が宿る(ここでは神と仏を特に区別しない)。私の中にも皆様の中にも、それぞれ違う神が宿っている。その神の姿を知ることが人生に課せられた宿題なのだが、困ったことに日本の神々は欧米における唯一絶対の神と違って完全な姿をしていない。欧米人(特にアメリカ人)は、毎週日曜日になると熱心に教会に通い、篤い信仰を通じて唯一絶対の神との一体化を試みる。聖書には、世界の人々は皆キリストの体であると書かれている。これに対して、日本人がいくら神社や寺院で孤独な祈りを捧げたところで、神の姿を知ることはできない。

 日本人が自分に宿る神の姿を知る方法は、自分とは異なる神を宿している様々な他者と能動的に交わることである。異質との出会いは、学習を触発する。相手が自分に同調しない場面、相手を納得させるのに時間がかかる場面などを体験すると、その齟齬の要因を分析しようとする動機が働き、一体自分がどんな価値観や思考・行動様式に従っているのか、今まで無自覚だったものが認識できるようになる。ただし、忘れてはならないのは、日本人に宿る神はあくまでも不完全だということである。だから、どんなに他者と交流を重ねても、神の全容を知ることはない。そう知りながらもなお、日本人は永遠に学習を続ける。これを古来の人は「道」と呼んだ。

 中根千枝は『タテ社会の人間関係』という著書で、日本社会が縦割りの社会である反面、水平方向の協業は乏しく、むしろ敵対関係になりやすいと書いた。しかし私は、日本人は垂直方向とともに水平方向も重視していると思う。企業では同期のつながりが何年経っても重視される。人事部はゼネラリストを育成するために、定期的にジョブローテーションを行う(近年はスペシャリストを育成する傾向が強いが、組織のタコツボ化という弊害を生んでいるようだ)。企業間も連携が盛んであり、諸外国であれば独占禁止法などに引っかかるような同業他社同士の交流が頻繁に見られる。その象徴が業界団体という存在であり、その総本山たる経団連である。

 日本人は常に他者との相互学習を生きている。だが、時にその意識が間違った方向に向くと、自分は他者を変えられるという驕りが生じる。自分の中に宿る神は不完全なものでしかないにも関わらず、それを他者にも強要できると考えてしまうわけだ。本号では、臨床心理士の皆藤章氏が、師である河合隼雄とのやり取りを次のように振り返っている。
 学会に出席するため、やむなくある方との面談をお休みしている間に、その方が自死されたことがあります。面談を休んだことを悔いた私は、もし自分が学会になど行かずに面談していれば、その方は亡くならずに済んだかもしれない、と話した時、河合先生は「馬鹿者!」と私を一喝されたのです。何と甘いことを考えているのだと。

 人間の死というのはそんな単純なことではない。解き明かせないほどの要因が幾重にも連なって人は亡くなっていく。君が会っていれば死ななかったというのは、その人に対してものすごく傲慢な姿勢だ、と懇々と諭され私は心を穿たれる思いでした。
(皆藤章「出会いを生かし、ともに関を越える」)
 では、自分には他者を変える力が全くないのかというと、それもまた極端な萎縮であろう。他者をすぐには変えられずとも、他者に影響力を及ぼす方法とは「常に見ていること」だと思う。

 元中日ドラゴンズの監督であった落合博満氏は、2004~2011年の8年間のうち、リーグ優勝4回、日本一1回という輝かしい実績を残した(しかも、8年ともAクラスである)。落合氏は現役時代にも3度の3冠王を達成した超レジェンドである。落合氏が監督に就任した際、「オレよりすごい成績を残したヤツはいないのだから、オレの言うことを聞け」とチームに伝えたという。落合氏の中には、こうすれば絶対に優勝できるという独自のセオリーがあったのだろう。事実、落合氏は退任後のインタビューで、「選手が皆オレの言うことを聞いていれば8回とも優勝できた」と発言している。しかし、落合氏はどうやら選手に自分の理論を押しつけなかったようだ。

 代わりに、ひたすら「選手を見る」ことに徹した。試合前にグラウンドに姿を現しては、選手の練習をじっと見ているだけ。試合が始まれば、野手が打とうと投手が打たれようと、表情一つ変えずにじっとベンチに座って見ているだけ。落合氏はその理由について、「毎日同じ場所に座って同じように見ていれば、選手の動きの変化が解る」と退任後に語っていた。ただし、選手の動きにまずい部分を発見しても、試合中に選手にそれを指摘することはなかった。そんなことをすれば、選手は怒られたと感じ、その後はベンチの顔色をうかがいながら野球をするようになると考えたからだ。落合氏は、選手を直せるのは翌日の練習の時だけと決め込んでいた。

 落合氏のマネジメントは、「選手をひたすら見続けること」に尽きる。選手はいつも監督からの視線を感じながら、一生懸命練習し、少しずつ成長していった。そして、実際その通りに成長したから、8年間で4回も優勝できたのだろう。そんな落合氏の印象を選手に聞いた番組を観たことがあるが、皆一様に「いつも温かく見守ってくれる存在」、「お父さんのような感じ」、「選手に優しい」と回答していた。ベンチでは無表情で、いつ何時奇策を仕掛けてくるか解らない不気味な存在という世間のイメージとは全く違う印象を選手は抱いていた。

 ここからは私の推測だが、選手が落合氏の視線によって変わったとすれば、落合氏にも少なからず変化があったのではないかと考える。インタビューで「8年間で一番変わった選手はいるか?」という質問を受けた落合氏は、いつものサディスティックな口調で「誰もいないよ」と即答したが、谷繁現監督についてだけは、チームを引っ張る意識が芽生えたと評価していた。個々の選手を滅多に批評しない落合氏が、珍しく名指しで褒めるのを見た。

 河合隼雄や落合氏などに比べれば私など屁みたいな存在だが、曲がりなりにも10年ほど経営コンサルティングをやってきて、ちょっとした心境の変化があった。この仕事を始めたばかりの頃は、自分が提案した内容がクライアント企業にそのまま採用されないと、「何で自分の言うことを聞いてくれないのか?」と不満に思うことが多かった。また、前職のベンチャー企業でも、経営不振が続く自社に苛立つあまり「もっとこうしなければならない」と色々提案したのに、結局何も変わらないことにやるせなさを感じていた。今振り返ると、完全なる私の実力不足であった。

 だが、最近は、自分の提案がそのまま通らなくてもいいかと割り切ることができるようになった。クライアント企業が私の提案を自社流にアレンジして導入するのを見ると、「そういう方法もあるのか」と、逆に私の方が勉強になる。また、自分の提案がその場で採用されず、長い間放置されても構わないと思うようになった。多くの場合、提案はそのままお蔵入りになる。しかし、クライアント企業と細くても長く関係を続けていると、ある日突然思い出したように、「そう言えば、以前やろうとしていたあの企画をもう一度やりたいのだが・・・」と相談を持ちかけられることがある。

 日本人にとって他者との相互学習は不可欠だが、決して焦ってはならない。一生続く「道」なのだから、辛抱強くあらねばならない。時には、いやむしろ、ほとんどの場合においてそうなのかもしれないが、「ただ見ているだけ」の関係でも、相互学習は生じる。

 この境地に至るまで10年かかった。「10年」という期間には特別な意味があると感じる。個人的な考えだが、人材育成には少なくとも「3年の壁」と「10年の壁」がある。入社後3年で一通りの仕事を覚えると、一人前になった気分になる人が少なくない。彼らは、別の企業でも通用すると信じて転職する。それが癖になると、3年ごとに転職を繰り返すようになる。だが、3年で一人前になれるほど世の中は甘くない。彼らが3年で一人前になれると信じている仕事は、おそらくさほど難易度が高くない。だから、能力も身につかない。そして、そういう仕事は早晩新興国企業に取って代わられるだろう。この点を自覚できていない人は「3年の壁」にぶち当たっている。

 「3年の壁」を乗り越えても、次に「10年の壁」が待っている。一般に、プロフェッショナルと呼ばれる力量を習得するには10年間練習しなければならないという「10年ルール」がある。10年同じ仕事を続ければ、大体どんなケースにも対応できるようになる。この時点で、「もう自分には学習すべきことはない」と思うか、「まだ学習すべきことがたくさんある」と思うかが大きな分かれ目となる。どの企業にも、新人時代には将来を有望視されたのに、30代に入ってからさっぱりダメになった人、あるいはその逆で、新人時代の評価は低かったのに、30代中盤ぐらいから急に伸びた人がいると思う。その差は、「10年の壁」を乗り越えられたか否かにある。

 確かに、特定の分野で必要な知識は、10年もあればあらかた習得できる。しかし、10年後以降に敢えて別の分野の知識を勉強してみると、元の分野の知識を異なる角度から解釈することができたり、両分野の知識を組み合わせて新しい知識を創出したりできる。つまり、元の知識に深みと幅が生まれるのである。これが、「10年の壁」を越えた人とそうでない人の違いである。

 正直なところ、私は20代の頃に前職のベンチャー企業で色々と(苦い)経験をし、欧米系の経営理論を一般の人たちよりはたくさん勉強した自信があったので、企業経営についてほとんど解ったつもりになっていた。私が独立したのは29歳の時である。しかし、今振り返れば、とんだ傲慢であったと恥ずかしくなる。今は欧米系のビジネス書をできるだけ離れて、日本人が書いた著書、それも政治や歴史、文化、宗教などに関する書籍を読むようにしている。すると、これまで頭の中に構築してきたマネジメント論が様々な角度から再検証、再解釈、再構築されていくのが解る。手前味噌だが、これが10年の壁を越えるということなのかと実感しているところである。

 孔子は「吾れ十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」という有名な言葉を残した。これは、孔子が晩年に自らの体験を振り返って述べたものである。私はまだ、「3年の壁」と「10年の壁」しか発見できていないが、年齢を重ねると新たな壁が見えてくるのかもしれない。




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