2014年12月15日
『投資家は敵か、味方か(DHBR2014年12月号)』―機関投資家に「長期的視点を持て」といくら言っても無駄だと思う、他
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 12月号 [雑誌] ダイヤモンド社 2014-11-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
(1)DHBRの特集で、投資家に焦点を絞ったものは珍しい。ただ、内容的には、「機関投資家が短期的なリターンを追求するから、投資先の企業も近視眼的な経営しかできない。機関投資家はもっと長期的な視点を持つべきだ」といった主張が多く、この点では10年前とほとんど変わっていないと感じた。例えば、ドミニク・バートン、マーク・ワイズマン「四半期資本主義がもたらす悪循環からの脱却 投資家は企業に長期目標を求めよ」という論文では、機関投資家に対して以下の4つの行動を要求している。
ⅰ)機関投資家が最初に長期目標とリスク許容度を決めてから、ポートフォリオの投資先を決定する。個人的には、機関投資家にいくら長期的な視点を持てと言っても、もはや無駄なのではないか?とさえ思っている。オーストリアの経済学者でノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエクは、「ソ連のような堅牢な体制でも、繰り返し批判し続けていたら、そのうちに崩れることがある」と言ったそうだ。ソ連はハイエクの予想通りに崩壊したが、機関投資家の堅牢で短期主義的な運用体制に、企業側から繰り返し発せられるSOSによって穴が開くとは想像しがたい。
ⅱ)機関投資家は株主として関与し、積極的オーナーシップを通して投資先の企業価値向上に貢献する。
ⅲ)機関投資家と経営陣の対話のあり方を変えるため、長期的な評価指標を公表するよう企業に求める。
ⅳ)長期的な取り組み方を支えるため、機関投資家内にもガバナンスを根づかせる。
ここで、機関投資家の運用がなぜ短期的になるのかを考えてみる必要があるだろう。アメリカの機関投資家は、企業年金の運用を受託している。アメリカの高齢者は、老後の生活を企業年金に依存している。アメリカでも高齢化は進行しており、平均寿命は毎年伸びている。ということは、必然的により多くの老後資金が必要になることを意味する。機関投資家は、年々増え続ける高齢者の資金需要に応えるために、少しでも多くのリターンをもたらさなければならない。そのプレッシャーが、短期的なリターンの追求という姿勢になって表れているのではないだろうか?
よって、機関投資家の運用方針を改めるには、彼らに対して長期的な視点を持てと説教するのではなく、彼らを短期主義的なプレッシャーから解放しなければならない。具体的に言えば、まずは企業年金の受給年齢を引き下げる。現在、アメリカの企業年金の受給開始年齢は65歳である(現在、アメリカ年金制度改正に伴い、67歳まで段階的に引き上げ中)。これを70歳以降まで引き下げるのが第1の改革案である。
もう1つは、高齢者が長く企業で働ける仕組みを作ることである。アメリカにはもともと定年制度がないが、平均引退年齢は男女とも65.3歳とされる(厚生労働省「2005~2006年 海外情勢報告」を参照)。この数字がもっと上がるような施策が必要であろう。ちなみに、アメリカ人は不健康で平均寿命が短い印象があるが(私の勝手な思い込みか?)、実際には男性の平均寿命が76歳、女性の平均寿命が81歳で、日本(男性が79歳、女性が86歳)と3~5年程度しか違わない。だから、日本と同様、アメリカでも70歳ぐらいまでは元気に働ける人が多いと思われる。
(2)伊藤忠商事代表取締役・岡藤正広氏のインタビュー記事「すべてのステークホルダーを喜ばせるために 企業価値とは株主価値だけではない」の中で、自社株買いについて言及している部分があった。日本の全ての上場企業が岡藤氏と同じように考えているとは思わないが(例えば、キヤノンは定期的に自社株買いを行っている)、これは非常に日本的な発想だと思った。
自社株買いは株主還元のための1つの手段ではありますが、利益を投資に回し、それを基に稼ぎ、獲得した利益を配当に回すのが健全な姿でしょう。自社株買いを行うと、発行済株式の総数が減るため、1株あたりの資産価値やROEが向上する。その結果、株価が上がりやすくなる。アメリカ企業では、事業が成熟して新規の投資先がなくなった場合は、自社株買いをして株主に還元すべきだという意見が非常に強い。
自社株買いをするということは、経営者が「この会社はもう成熟した。その結果、資本コストを上回るリターンを得られる投資が新たに見込めないので、株主還元策として自社の株を買う」と宣言しているとも理解できます。成長の限界を、経営者みずからが認めていることになるわけです。
以前の記事「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)|(2)|(補足)」でも書いたように、アメリカの企業は、(神との契約の下に)明確なビジョンを持って事業を行っている。そして、ビジョンが実現できた(=自社の製品・サービスが市場で一定の役割を終えた=神との契約が履行できた)暁には、事業を徐々に縮小し、静かに終焉を迎えるべきとされる。自社株買いは、株主にリターンをもたらしながら事業を縮小する手段として歓迎される。
一方、日本企業は明確なビジョンを持っていない。長期的な視点で、ビジョンの達成度合いを具体的に評価することが難しい。それよりも、今できることを確実にやることが重視される。日本企業は「今、ここ」を1つ1つ積み重ねながら、昨日よりも今日、今日よりも明日といった具合に、少しずつ成長することを目指す。まさにこれは、日本でよく見られる「道」の考え方である。日本企業の成長に終わりはない。だから、常に新しい成長源を追い求めなければならない。よって、自社が終焉に向かっていることを認めるような自社株買いは馴染まないのである。
(3)本号では、敢えて非上場を選んだYKKの代表取締役会長CEO・吉田忠裕氏のインタビュー記事も掲載されている(「事業に集中するために選んだ経営スタイル YKKが非上場を貫く理由」)。YKKの筆頭株主は、従業員持株会であるという。
当社では、働く社員は労働者であると同時に経営にも関与することが理想です。「社員は労働者であり経営者である」という先代の言葉は、その発想から出てきたものです。社員が会社をわがことととらえて働き、かつ経営するという考えは、社員が会社の株主でもあるという状態をつくり出すことで強化されます。従業員持株制度を構築し給与やボーナスの一部で株を購入させていたのは、こうした思いがあったからです。この従業員持株会は、2014年3月末時点で15.65%を保有する筆頭株主です。そして、従業員持株会にも株主としての権利を行使させている。
取締役の選任は株主総会の決議事項ですが、当社の場合は筆頭株主が社員です。社員は取締役候補の人物をよく知っているので「人物に問題があるなら×をつけてくれてかまわない。会社のためなのだから積極的にやってくれ」と言って、株主としての権利を行使してもらっています。社員を取締役会に関与させるという点で思い出すのが、ドイツの取締役会制度である。ドイツではまず、取締役会の役割と権限を「監査役会」と「執行役会」の2つの機関に分け、監査役会構成員 と執行役会構成員の兼任を禁じて、監査役会が執行役会を監督するという二層型取締役会が採用されている。その上で、500人超の従業員を有する株式会社では、株主総会で選任される監査役会構成員とは別に、従業員代表の監査役会構成員が選任される(ドイツのこの制度については、やや古いが『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2006年7月号に詳しい)。
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2006年 07月号 [雑誌] ダイヤモンド社 2006-06-09 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
取締役とは、簡単に言えば、資本家から預かった資本を適切な事業機会に投資し、しかるべきリターンを上げる責任を有する存在である。そのため、資本家は取締役が期待通りの働きをしているかどうかモニタリングしなければならない。取締役の選任が株主総会の決議事項となっているのは、そうしたモニタリング活動の一環である。
従来、資本家と言えばお金持ちであり、資本と言えばお金であった。しかし、経営学者ピーター・ドラッカーが指摘したように、現代では知識も重要な資本であり、その資本を持っているのは知識労働者、つまり社員である。だから、社員も、取締役の選任(YKK)や取締役会への参画(ドイツ)などを通じて、知識資本が適切に運用されているかどうかチェックしなければならない。
ただ、これは知識労働者側も重大な責任を有することを意味する。ドラッカーは、社員の経営参画と簡単に言うが、例えばマネジャー以上の会議に一般社員を参加させるような、そんなレベルの話ではないと主張していた。資本家たる社員は、自社がどのような知識資本を有しているのかを把握していなければならない。言い換えれば、自社の形式知である知的財産や、暗黙知である知識労働者の能力を的確に認識する必要がある。そして、自社の知識資本が活かせる事業機会の選択肢を示さなければならない。ここまで考えた上で、自社の知識資本の運用を委託してもよいと考える取締役を選出する。社員の経営参画とは、そういうことである。