2013年10月03日
藤本隆宏『日本のもの造り哲学』―インテグラル型の日本企業に勝機がある分野はどこか?
日本のもの造り哲学 藤本 隆宏 日本経済新聞社 2004-06 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
(前回の続き)
(2)前回の記事では、「アメリカ企業などのように、日本企業も本来的にはモジュラー型が得意なのではないか?」と言っておきながら、今回の記事では、「実は、日本企業がインテグラル型で勝負できる領域は、まだまだたくさんあるのではないか?」と、正反対のことを書こうとしている点はどうかご容赦いただきたい。
この本を読み進めていくうちに、アメリカ企業の強みはモジュラー型にあるというよりも、パソコン業界に代表されるように、インテグラル型の業界をモジュラー型に構造転換してしまうことにあるのではないか?と思うようになった。また、お隣の中国も、インテグラル型をモジュラー型に変える力を持っている。この本を読んで驚いたが、中国では、地場のオートバイメーカーが先進国のオートバイを分解し、適当に組み合わせて新しいオートバイを作ってしまうという。オートバイは本来インテグラル型の製品であるものの、中国の手にかかればモジュラー型に変わってしまう。
高付加価値型の製品ではアメリカが、労働集約的な製品では中国がモジュラー型で勝負を仕掛けてくるとなると、日本企業が立ち入る隙など残されていないように思えてくる。全ての業界は、最終的にはインテグラル型からモジュラー型に置き換わってしまう気さえする。ただ、私のような疑問に対して、著者は本書の最後の方で次のように回答している。
「世の中の製品は、最後はすべてモジュラー型に向かうのだから、擦り合わせに特化しても無駄じゃないか」という議論に対しては、「それはデジタル情報革命に引っ張られすぎた技術決定論ではないですか」と反論します。これを読んで、再び考え込んでしまった。日本企業がインテグラル型の強みを発揮できる分野はどこか?1つ考えられるのは、高い安全性、耐久性が求められる製品分野であろう。モジュラー型の製品は簡単に組み立てられる反面、簡単に壊れるという弱点がある。壊れても新しく買い換えればよいと顧客が考えている製品は、インテグラル型からモジュラー型へと移行しやすい。これに対して、安全性や耐久性が重要視される製品は、簡単にはモジュラー化されない。なぜならば、安全性や耐久性は、特定の部品のみによって得られる品質ではなく、部品全体の相互作用の結果として達成されるものだからだ。必然的に、部品間で緊密な擦り合わせが必要となる。
確かに90年代の終わりごろ、世の中はすべてデジタル、バーチャル、オープン、モジュラーになるのでは、という雰囲気に支配されたこともありました。しかし、実際には、MITのC・ファイイン、ハーバード大学のH・チェスブロー、一橋大学の楠木建といった人たちもおっしゃるように、長い目で見れば、多くの製品はインテグラルとモジュラーの間を行き来しているのであって、モジュラーに行きっぱなしで帰ってこない製品ばかりではないのです。
日本企業が安全性、耐久性を武器に世界で勝負できる可能性が高いことは、韓国企業と比較してみるとよく解る。本書の中で、韓国はアメリカや中国と歴史的背景こそ異なるものの、やはりモジュラー型を得意とする国だと分析されている。
この国の強みはやはり、大きなことを行うときの集中力ではないか、と個人的には思います。私も韓国の大メーカーの経営者とのお付き合いがありましたが、トップの意思決定が本当に早い。集中して、その場でぱっと決めてしまう。それだけに、とんでもなく間違えることもあり、リスクも大きいのですが、反対に波に乗るとすごいものがあります。「これをやれば勝てる」と確信を持ったときに、韓国の優良企業は非常に強い傾向があります。そして、その背後には大企業、特に財閥を軸にした韓国経済の歴史があると思います。(中略)最近、韓国企業が起こしたトラブルについて、いろんな中小企業診断士の先生から話を聞いた。ある国では韓国製の石油タンカーを購入したが、バルブに不具合があって、原油が海に流出する事故が発生した。それなのに、バルブのメーカーは十分な保証を製品につけておらず、「一定回数以上の使用については、保証の対象外である」と言い切ってしまった。メーカーの言う「一定回数」は、顧客が普通に使っていれば到達するであろう利用回数をはるかに下回っていたにもかかわらず、である。
韓国の財閥の歴史が示す大企業の資金集中力と、本社の戦略的意思決定の集中力が相乗効果を見せたとき、特にある種の製品タイプで強さを発揮するように見えるのです。それは、いわば「資本集約的なモジュラー製品」においてです。
マレーシアには、「ペトロナスタワー」というツインタワーがある。マレーシア政府は一方を日本に、もう一方を韓国に発注した。日本企業が建てたビルは入居者でいっぱいであるのに対し、韓国企業が建てたビルはガラガラであるという(夜になると、ビルのライトがあまりに非対称であることに驚かされるそうだ)。韓国製のビルの家賃は、日本製のビルの家賃の10分の1ぐらいにまで暴落しているが、韓国製ビルの安全性に対する不信感からか、入居者が集まらないらしい。事実、韓国企業による手抜き工事も発覚してニュースになった。
ある食品メーカーは、韓国企業と合弁で工場を海外に設立することにした。合弁の条件として、工場で使用する機械装置などは、韓国製のものを導入することになっていた。新設された工場では、種となる菌を1個入れて、1種類の菌だけを大量に培養する装置が作られた。ところが、装置のあちこちに細かい穴が空いており、そこから空気中の菌が入り込んでしまうため、全く使えない装置になってしまったという。しかも、工場の建設が終わった途端に韓国企業が合弁を解消したいと言い出し、新工場から手を引いてしまった。この食品メーカーは、残った工場を閉鎖することもできず、その装置に穴が見つかるたびにはんだでふさいで使い続けているそうだ。
確かに、家電業界はモジュラー化が進み、日本企業はサムスンなどにズタボロにされてしまった。しかし、韓国に負けているのは家電業界ぐらいであって、安全性、耐久性が強く求められる製品分野では、まだまだ日本企業の方が強い。UAEの原発受注をめぐっては、日本が圧倒的に優位という前評判を覆して、韓国が受注を勝ち取ったことが日本に大きな衝撃を与えた。ところが、韓国内の原発で、韓国製とされていた部品が実は韓国製ではなかったという偽装事件があったことなども踏まえると、UAEの原発でも将来的に何か問題が起きるかもしれない。そして、UAEからのクレームに対処しきれなくなった韓国が、日本に泣きついてくるかもしれない。
もう1つ、日本企業がインテグラル型で勝負できるのは、サービス業であろう。著者によれば、モジュラー型、インテグラル型という区分は、製造業だけの話ではなく、広くサービス業にも適用できるという。例えば東京が世界で最多の三ツ星を獲得した飲食業や、高齢社会の到来によって需要増が確実視されている医療サービスなどは、インテグラル型の典型ではないだろうか?
「おいしい」という価値は、単純に食材を組み合わせるだけでは得られない。おいしさは、様々な食材が織りなす絶妙な調和によって実現される。こだわりの味を追求するシェフは、食材ごとに特定の農家と契約を結び、契約農家の元に足を運んで、栽培方法などについて忌憚のない意見交換をするものだ。また、飲食店に対する満足度は、味だけでなく、スタッフの接客や内装、さらにはその店舗が提供する販促活動などによっても決まる。顧客に対してどのような価値を提供したいのかという統一的なコンセプトの下に、店舗経営者は、シェフ、スタッフ、内装業者、マーケティング会社などを束ね、彼らと深いコミュニケーションを交わさなければならない。
医療サービスも、専門家同士の緊密なチームプレーによって行われる。手術現場はチームワークの塊だ。いくらプロとはいえ、手術の当日に医師や看護師たちがいきなり集まってできるようなものではない。患者を含めた事前の入念な擦り合わせと、当日の現場の状況に応じた柔軟な対応が求められる。さらに最近では、地域の中核病院と域内の医療機関が連携して、患者に対し地域全体でワンストップのサービスを提供しようという動きが広まっている。こうした地域医療連携においては、医療機関同士が情報共有を進め、医療スタッフが組織の壁を越えて協業することで、サービスの最適化を図る必要がある。
モジュラー型が優勢の情報通信業においても、1つ朗報がある。基幹システムの構築においてはモジュラー化が進んでおり、欧米のシステムインテグレーターは出来合いのモジュールを組み合わせることで顧客の要求仕様を満たそうとすることが多い。これに対して、日本のシステム会社は、モジュールの集合体であるパッケージソフトを使う場合であっても顧客の要求を地道に一つずつ丹念に吸い上げ、多くのカスタマイズを施す。そして、カットオーバーの後も、顧客から改善要望が上がれば、保守契約の中で粛々とプログラムを書き足していく。
一般的には、こうした顧客にべったりの姿勢が、日本のシステム会社のグローバル競争力を削いでいる、と批判される。ところが、海外に詳しいある中小企業診断士の先生によると、海外では、日本企業のきめ細かさを再評価する動きも見られるそうだ。シンガポールのある企業は、ヨーロッパの会社にシステム構築を依頼した。確かに短期間でシステムは完成したが、彼らはカットオーバーを迎えると顧客からの追加要望を一切受けつけず、開発から一斉に手を引いてしまった。こうした苦い経験もあって、それ以降は日本のシステム会社を使うようにしているという。
GDPに占めるサービス業の割合が製造業の割合を上回って久しい。しかも、今後サービス経済がさらに拡大していくならば、日本企業の勝機はますます高まっていると前向きにとらえることもできるのではないだろうか?