2017年06月19日
「社員の失敗に対して寛容になる」とはこういうことかと改めて思い知らされた一件
社員が新規事業やイノベーションに積極的に取り組むようになるためには、失敗を罰せず、失敗に対して寛容な組織文化を醸成することが重要であると言われる。個人的には、IBMの創業者であるトーマス・ワトソン・Sr.の話が好きである。ある若手マネジャーは、リスキーなベンチャーで失敗をし、1,000万ドルの損失を出してしまった。ワトソンのオフィスに呼ばれたそのマネジャーはすっかり恐れをなして辞表を出したが、ワトソンはこう言ってはねつけた。「とんでもない。教育のために1,000万ドルを使った後で、君を手放すとでも思っているのかね?」
日本でも似たような話がある。現在GUの代表取締役である柚木治氏は、2000年代初頭にユニクロが農業に参入した時の責任者であった。ご存じの通り、ユニクロは26億円の損失を出して農業から撤退した。柚木氏は柳井正氏に責任を取りたいと申し出たところ、柳井氏は「お金を返してください」という独特の言い回しで慰留し、辞めさせるどころかGUの責任者に任命した。
この2つの事例に比べるとはるかに損失は小さいものの、その損失に対して組織の責任者が寛容に対処したケースを最近体験したので、そのことを記しておく。私は色々な非営利組織に所属しているが、そのうちの1つの組織で起きた事例である。ある時、役員会(私も参加していた)に対して、役員ではない若手のメンバーから、「広報活動の一環として、Twitterを活用してはどうか?」という提案があった。ところが、役員会のメンバーに高齢者が多く、Twitter自体がどんなものか知らない人が多かった(このご時世にそれはそれでどうかと思うが)。そのため、その役員会では議論が進まず、次回の役員会で実際にTwitterの画面を見ながら議論することにした。
2回目の役員会では、提案者である若手メンバーが、Twitterを活用して顧客と良好なコミュニケーションを行っている大企業のアカウントの事例をいくつか紹介し、非営利組織における活用方法を提案した。だが、それでも役員会のメンバーにはTwitterの活用イメージが具体的に湧かなかったようである。仮にこの非営利組織のアカウントを作成して、提案者である若手メンバーに運用を任せた場合、彼のツイートがこの非営利組織の見解を代表していると見なされることに抵抗感を示す役員がいた。それよりも問題になったのは、役員はTwitterを使って炎上したというニュースだけは知っているため、「炎上した時には誰が責任を取るのか?」、「そもそも、『炎上している』と認定するのは誰なのか?」などといった点であった。
実は、役員会が開かれていた非営利組織には上位組織があり、議論を行っていた非営利組織はその上位組織の一部門でしかなかった。つまり、東京に本社がある企業において、大阪営業部が自発的に大阪営業部のTwitterアカウントを作成するようなものである。この場合、仮に大阪営業部のアカウントが炎上したら、大阪営業部の責任者が謝罪をするだけでは済まされない。当然のことながら、東京本社の経営陣が謝罪のメッセージを発表しなければならないだろう。それと同じような運用を、この非営利組織の上位組織に期待することは難しいと懸念された。
2回目の役員会でも結論が出ず、もう一度日を改めて役員会で議論することになった。だがやはり、炎上した時などのリスクマネジメントが十分にできないという理由で、この若手メンバーからの提案は却下された。役員会の議長を務めていた非営利組織の責任者は、現場からの提案を積極的に歓迎するタイプであったため、この結末には少々がっかりしたようである。
私は、若手メンバーが積極的に提案したという姿勢は素晴らしいと思う反面、中身を十分に詰めないまま会議にかけたのはあまりよくなかったと思う。リスクという点に関して言えば、役員会の議論では出てこなかったが、反社会的勢力のアカウントとつながってしまうというリスクが考えられる。アカウントをフォローして仲良くツイートし合っていたら、実は相手が反社会的勢力のメンバーだったという可能性がある。すると、この非営利組織は反社会的勢力と関係がある団体だという、全く意図しなかったメッセージを発してしまうことになる。
それよりも、今回の提案の大きな問題は、計画の中身があまりにも不明確であったことだと私は思っている。提案者はこの非営利組織の知名度を上げることが目的だと説明していたが、具体的にどのセグメントに対してメッセージを送るのか?彼らに対して、この非営利組織についてどのようなイメージを形成してもらいたいのか?彼らにアプローチする手段として、なぜTwitterが最も最適だと言えるのか?仮にTwitterが最適だとして、彼らにこちらが狙っているイメージを形成してもらうために、具体的にどのようなツイートをするのか?ツイートの頻度はどのくらいが適切なのか?広報活動の成果をどのように定量的に測定するのか?フォロワー数なのか、ツイートの平均リツイート数なのか?目標とするフォロワー数を獲得するために、どのような仕掛けをするのか?などといった点が一切説明されなかった。これでは役員会を通すのは難しい。
3回にわたって役員を拘束し、結局前向きな結論が得られなかったという点では、今回の提案は残念ながら失敗であったと言わざるを得ない。IBMやユニクロの例とは比べ物にならないが、潜在的な損失もそれなりに発生している。だが、今回の話にはまだ続きがある。
この非営利組織では、年に1回「チャレンジ賞」という表彰を行っている。これは、その年に非営利組織の事業の発展に大きく貢献したメンバーを他薦によって選出し、年1回の総会において、責任者が大勢のメンバーの前で表彰するというものである。今年のチャレンジ賞に選ばれた人のうちの1人が、今回Twitterの活用を提案した若手メンバーであった。しかも、最も多くの他薦を受けたのだという。彼は少々困惑した表情を浮かべていたが、私は「組織が失敗に対して寛容になる」というのはこういうことなのだろうと感じた。役員会の議論は非常にタフなものである。しかし、今回のTwitterの件で懲りずに、他の若手メンバーからも積極的に提案が上がってくるとよいと思う(ただし、もう少し事前によくプランを練ってほしいという注文だけはつけておきたい)。
(※)最近、どんどん1本の記事が長くなっているため、今回は短めにしてみた。