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岡部伸『イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭』―移民に苦しむイギリス、移民で喜ぶドイツ、他
「特定ものづくり基盤技術」が22分野⇒11分野に見直されるらしい
小関智弘『町工場巡礼の旅』―日本のモノづくりを下支えする男たちの言葉

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2016年09月21日

岡部伸『イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭』―移民に苦しむイギリス、移民で喜ぶドイツ、他


イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭 (PHP新書)イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭 (PHP新書)
岡部 伸

PHP研究所 2016-08-23

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 イギリスでEU残留かEU離脱かをかけて6月23日に行われた国民投票は、離脱が51.9%、残留が48.1%という僅差の結果となり、イギリスのEU離脱が決まった。だが、離脱派の旗振り役であるボリス・ジョンソン氏とマイケル・ゴーブ氏が次期保守党党首選への出馬を早々と見送った。さらに、EU離脱派が離脱のメリットとして掲げていた内容に嘘があることが次々と判明した。
 選挙運動で英国がEU加盟国として支払っている拠出金週3億5000万ポンド(約480億円)を国民保健サービス(NHS)の財源にしようとの公約について、英国独立党のファラージュ党首は、開票後テレビで残留派の反論通り、EUから英国に分配される補助金などを差し引くと、週1憶数万ポンドであることを認めた。また離脱派は、「離脱で移民制限が可能だ」と主張していたが、離脱派のダニエル・ハナン欧州議会議員は、「移民がゼロになるのではなく、少しだけ管理できるようになる」と述べ、公約に嘘があったことを認めた。
 国民投票の結果を受けて世界市場が大混乱したのを目の当たりにし、さらに離脱派の公約が嘘だと解った離脱派の人々は、国民投票のやり直しを求めている。彼らは離脱に投票したことを後悔しており、BrexitとRegretを組み合わせた”Bregret”なる造語まで生まれているという。しかし、国民が選挙で選んだ国会議員を中心に組閣された内閣が国民投票の実施を決定したのに、それをもう一度やり直せというのは、議院内閣制の祖としては非常に恥ずかしい話である。

 今回のイギリスの国民投票から得られる教訓は、「世論を二分するようなシビアなアジェンダは国民投票にかけない方がよい」ということであろう。賛成・反対どちらが勝っても僅差となり、勝者と敗者の間に禍根を残すことになる。だから、国民投票は世論が十分に成熟して、方向性がほぼ固まったのを見届けてから、その方向性を追認するために実施するのが現実的である。

 現在日本では、改憲勢力が衆参両院で3分の2以上を占めているため、次の衆議院選挙が行われる2018年7月(それまでに解散総選挙がないことが前提)までの間に、憲法改正の発議がなされ、国民投票が行われる可能性がある。自民党は憲法草案をHPでアップしているが、現行憲法とは内容にかなりの差がある。もちろん、自民党はフルスペックの改憲を実現しようとは考えていない。国民投票で改憲できるのは、せいぜい1か所にとどまると見るべきである。

 では、その1か所をどこにするのか?改憲派に多いのは、諸外国の憲法に「緊急事態条項」が盛り込まれていることを踏まえて、この条項を追加するという案である。しかし、私が思うに、日本にとってこの条項はリスクが高い。東日本大震災が起きた時、菅政権は自分で何でもやろうとして、かえって現場を混乱させた。緊急事態が発生した時の首相がたまたま無能だと、国を滅ぼす恐れがある。ブログ別館の記事「由良弥生『「神」と「仏」の物語』」でも書いたが、日本は凡人が集まる多重階層社会であり、トップダウンとボトムアップでぐるぐると意見が回りながら最適化されていく点に強みがある。これは平時でも緊急時でも変えてはいけないと考える。

 同じく改憲派が目指すのは、9条の改正である。自民党は「国防軍の創設」を盛り込もうとしているものの、「軍」という言葉を使うだけで、今の日本では賛否両論となるに違いない。確実に国民投票を成功させるには、既に憲法解釈で認められていることを明文化するぐらいのことしかできないと思う。具体的には、9条2項を「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。ただし、我が国を自衛する目的で、必要最小限度の実力として自衛隊を保有することを妨げない。」とする。

 自衛隊は政府解釈でも合憲と認められているし、反対する憲法学者も少ない。「防衛費は人を殺す予算」と放言したり、「自衛隊は戦争には行かせないが、災害時には救命活動をしてもらう」などと都合のよいことを言ったりする一部のとち狂った左派は、この案でも反対と主張するかもしれない。しかし、大半の国民は賛成票を投じるであろう。憲法解釈で既に認められていることをわざわざ憲法改正で取り上げる必要があるのかという疑問も聞こえてきそうだが、何せ70年間一度も改正されなかった憲法を、世論の分断を招かないように慎重に改正しなければならないのである。となると、初めての国民投票では、上記の是非を問うのが精いっぱいだと思う。


 《2016年9月24日追記》
 安直な私は、自衛隊を国防軍とせずに、上記のように9条2項を修正すればよいと考えていたのだが、『正論』2016年10月号を読んだら、次のような深刻な事態が発生することに気づかされた。国のために戦っているのに、軍人と認められず、国際法によって要求される捕虜の扱いを受けられないのは、自衛隊に対する国家的差別だという話を誰かから聞いたのを思い出した。
 用田:例えば「自衛隊は軍隊ではない」という建前になっているので、仮に中国と紛争になって自衛官が捕虜になったとします。「お前は軍人か否か」と問われて「私は軍人ではなく自衛官です」と答えた場合、軍人ではなく単なる犯罪者扱いをされて即刻、処刑されかねません。ですから本来、自衛官は国防軍にしなければいけないのです。
(用田和仁、矢野一樹、本村久郎「中国に尖閣を奪われない方法・・・南西諸島はこう守れ」)
月刊正論 2016年 10月号 [雑誌]月刊正論 2016年 10月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2016-09-01

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 ちなみに、日本に自衛隊ができたのは、共産勢力のせいである。戦後、日本共産党はロシアのコミンフォルムからの指示を受けて、暴力革命による社会主義の実現を目指していた。共産主義を脅威に感じたGHQは、1950年に警察予備隊を設置した。その後、警察予備隊は1952年に保安隊、1954年に自衛隊となった(正確に言うと、警察予備隊は、陸を担当する保安隊と海を担当する警備隊に改編され、1954年にそれぞれ陸上自衛隊、海上自衛隊となった)。自衛隊の原因を作ったのは自分なのに、それをなくせと言う共産党の主張は笑止千万である。

 日本の自衛隊の人員構成を見ると、陸上自衛隊が約14万人、海上・航空自衛隊がそれぞれ約4万人ずつと、陸上自衛隊に大きく偏っていることが解る。これは、もともと陸上自衛隊が国内の共産主義革命に対抗するために設けられたものと理解すれば合点がいく。しかし一方で、海上自衛隊が少ないのが日本の弱みである。日本の領土は約38万平方キロメートルで世界第61位だが、EEZと領海を合わせると約447万平方キロメートルとなり、アメリカ、オーストラリア、インドネシア、ニュージーランド、カナダに次いで世界第6位となる。中国のあからさまな脅威が迫っている中、この人員構成で本当に日本を防衛できるのか、個人的には不安に感じている。

 話をイギリスに戻そう。本書では、イギリスがEU離脱を決めたのは、移民に対する拒絶反応が原因であると解説されている。イギリスには毎年約30万人の移民が押し寄せ、特に白人低所得層の雇用を奪っている。また、移民はそれほど税金を納めていないにもかかわらず、イギリス国民と同様に国民健康サービス(NHS)を受けることができる。そのため、国民の社会保障費の負担が増すだけでなく、高齢者が十分なNHSを受けられなくなっている。要するに、移民で不利益を被った低所得層の白人と高齢者が離脱に票を投じたというわけである。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 社会保障の話は私にはよく解らないので、ここからは雇用に絞って話を進める。イギリス以上に移民を受け入れているドイツでは、イギリスほど移民排斥感情が強くない(もちろん、極右政党が存在するのは確かである)。この差は、両国の産業構造の違いである程度の説明が可能であると思われる。上図は、以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」などで散々使ってきたものを、最近になってブログ別館の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」で修正したものである(まだブラッシュアップする予定である)。以下、この図を使って、イギリスとドイツの産業構造の違いを大雑把に説明する。

 アメリカは左上の象限に強い。この象限では、唯一絶対の神と契約を結んだカリスマ性あふれるイノベーターが、全世界に通用する画期的な単一の製品・サービスを開発し、世界中に一気に展開する。早い段階で株式上場して、世界制覇に必要な莫大なマーケティングコストや製造コストを調達する。このイノベーションは生活必需品ではないため、顧客の好き・嫌いに大きく左右される。そして、顧客に飽きられるのも早い。イノベーターが世界中に製品・サービスを売りまくって莫大な利益を得た後は、静かに衰退していくだけである。イノベーターにできることと言えば、自社株買いや配当によって株主に報いるか、会社ごと売却して創業者利潤を得ることぐらいである。その後のイノベーターは、悠々自適のセカンドライフを送る。

 左上の象限はスピード勝負であるから、組織はフラット型となり、イノベーターの強烈なトップダウン型リーダーシップで動く。ただし、そのイノベーションが本当に世界で成功するかは極めて不透明である。そういうわけで、リーダーはメンバーを正社員として抱え、固定費が発生することを嫌う。リーダーとしては、できればメンバー全員を個人事業主として使いたいと考える。左上の象限はHire and Fireの世界であり、リーダーが自由自在にメンバーを組み替える。

 一方、ドイツや日本が強いのは右下の象限である。必需品であり、製品・サービスに高い品質が必要とされ、その構造も複雑である。バリューチェーンは非常に長く、川上から川下まで様々なプレイヤーが関与する。それぞれの企業は、要求水準がそれほど高くない顧客から、非常に要求水準が高い顧客まで幅広くターゲットとしている。そして、ターゲットごとに異なる製品・サービスを提供する(この点で、全世界に単一のイノベーションを展開する左上の象限とは異なる)。

 したがって、企業としては、新人を正社員として採用して、まずは簡単な顧客を担当させ、中長期的に人材育成を行って、行く行くは難しい顧客を担当させようというインセンティブが働く。ゆえに、自ずと終身雇用に近い形になる。また、その組織構造はアメリカの場合と異なり、階層型となる。日本企業が多様なプレイヤーと協業し、多様な顧客をターゲットとするのは、日本が多神教の文化であるからであると私は説明している。なお、ドイツはアメリカと同じくキリスト教の国であるが、大昔まで遡ればケルト神話のように多神教の文化が流れている。

 左下の象限は、安い労働コストを武器とする新興国が強い領域である。それと同時に、その参入障壁の低さから、どの国においても自国民の雇用の受け皿として機能している。典型例は飲食店や、食品・日用品を扱う卸売・小売業である。よって、この領域には保護主義的な規制がかかっていることが多い。その規制を緩和しようとすると、関係者からは猛反発を食らう。

 イギリスは、アメリカほど左上の象限に強くない。左上の象限に該当するのは、デリバティブを駆使する一部の金融エリートぐらいである。また、製造業の割合も低く、右下の象限もそれほど強くない。よって、多くの労働者は、左下の象限に属する。だが、この象限こそ、移民によって雇用を最も奪われやすい領域である。飲食店では移民がオーダーを取り、スーパーでは移民が陳列を行う。雇用の最後の砦を移民に奪われたイギリスは、移民に対して神経質になる。

 一方、右下の象限に強いドイツは、安い労働力を求めて、バリューチェーンの一部、階層組織の一部を新興国に移していた。いわゆる産業の空洞化であり、日本でも見られた現象である。ところが、ドイツに移民が流入すると、ドイツ企業は工場を外国に移転させる必要がなくなる。移民が増えるほど、ドイツ企業はコスト競争力のある製品を大量に国内で製造できる。これにより、企業規模が大きくなるとともに、GDPも増加する。また、企業のピラミッドの下層が広くなれば、それにつられる形でピラミッドの上層も拡大し、高機能・高付加価値の製品・サービス開発に従事するドイツ人を多く雇用する余地が生まれる。だから、ドイツは移民大歓迎なのである。

2014年02月12日

「特定ものづくり基盤技術」が22分野⇒11分野に見直されるらしい


 知り合いの中小企業診断士の方から教えてもらったのだが、経済産業省の中小企業政策審議会・中小企業経営支援分科会で、中小ものづくり高度化法に基づく特定ものづくり基盤技術の見直し作業が進められているようだ。2013年6月の日本再興戦略や、中小企業庁が実施した“ちいさな企業”成長本部等において、医療、環境分野などの成長分野へ集中投資する必要があることから、下請け生産技術を前提とした特定ものづくり基盤技術22分野について、企業ニーズを想定した体系に見直すよう指摘されたことが背景となっている。

 現行の22分野は次の11分野に再編される予定である。
1.情報処理技術
 IT(情報技術)を活用することで製品や製造プロセスの機能や制御を実現する情報処理技術。製造プロセスにおける生産性、品質やコスト等の競争力向上にも資する。

2.精密加工技術
 金属等の材料に対して機械加工・塑性加工等を施すことで精密な形状を生成する精密加工技術。製品や製品を構成する部品を直接加工するほか、部品を所定の形状に加工するための精密な工具や金型を製造する際にも利用される。

3.製造環境技術
 製造・在庫・流通等の現場の環境(温度、湿度、圧力、清浄度等)を制御・調整するものづくり環境調整技術。

4.接合・実装技術
 相変化、化学変化、塑性・弾性変形等により多様な素材・部品を接合・実装することで、力学特性、電気特性、光学特性、熱伝達特性、耐環境特性等の機能を顕現する接合・実装技術 。

5.立体造形技術
 デザインの自由度が高い等、任意の立体形状を造形する技術。(ただし、2.精密加工に係る技術に含まれるものを除く。)

6.表面処理技術
 バルク(単独組織の部素材)では持ち得ない高度な機能性を基材に付加するための機能性界面・被覆膜形成技術。

7.機械制御技術
 力学的な動きを司る機構により動的特性を制御する動的機構技術。動力利用の効率化や位置決め精度・速度の向上、振動・騒音の抑制等を達成するために利用される。

8.新材料技術
 部素材の生成等に際し、新たな原材料の開発、特性の異なる複数の原材料の組合せ等により、強度、剛性、耐摩耗性、耐食性、軽量等の物理特性や耐熱性、電気特性、化学特性等の特性を向上する又は従来にない新しい機能を顕現する複合・新機能素材技術。

9.材料製造プロセス技術
 目的物である化学素材、金属・セラミックス素材、繊維素材及びそれらの複合素材の収量効率化や品質劣化回避による素材の品質向上、環境負荷・エネルギー消費の低減等のために、反応条件の制御、不要物の分解・除去、断熱等による熱効率の向上等を達成する材料製造プロセス制御技術。

10.バイオ技術
 微生物を含む多様な生物の持つ機能を解明・高度化することにより、医薬品、エネルギー、食品、化学品等の製造、それらの評価・解析等の効率化及び高性能化を実現するバイオ技術。

11.測定計測技術
 適切な測定計測や信頼性の高い検査・評価等を実現するため、ニーズに応じたデータを取得する測定計測技術。
 「新ものづくり補助金」では、申請する事業が特定ものづくり基盤技術のいずれかに該当することが要件とされる。字面を追う限りでは、旧22分野の内容は全て新11分野に包摂されており、「旧22分野ならば応募できたのに、新体系になったことで応募できなくなった」という事態はなさそうだが、申請の際には念のため新旧の分野をご確認されたい。

2013年07月31日

小関智弘『町工場巡礼の旅』―日本のモノづくりを下支えする男たちの言葉


町工場巡礼の旅 (中公文庫)町工場巡礼の旅 (中公文庫)
小関 智弘

中央公論新社 2009-01

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 旋盤工でありながら作家でもあるという変わった肩書を持つ小関智弘氏の著書。昨年の夏に入院した時に、たまたま病院に置いてあったこの本を読んだのだが、最近改めて読み直してみた。「キサゲ」、「バイト」、「キリコ」、「三枚合わせ(三面摺り)」、「へら絞り」、「逆剃り仕上げ」、「スッポン」、「捨挽き」、「分子が詰んでいる」、「分子があたける」など、モノづくりの現場で使われている言葉のいい勉強になった。もっとも、単に言葉を知っているだけでは、町工場の職人から「しゃらくせえ」(※「小生意気だ」の意味。この言葉もこの本で知った)と一喝されてしまうだろうが・・・。

 昨年は予期せぬ入院によって、それまでの仕事をほぼ全て失ってしまった。この本を手に取ったのは、そんな絶望的な気分の中で、次の仕事をどうしようかと思案していた時だった。私は、職人たちがみな、特定の分野で傑出した技能を持っているのをうらやましく思った。それと同時に、これといった技能が自分にはないことをひどく恥じた。私もこの本の職人のようになりたいと、町工場の求人情報を隅々まで読みあさっていたこともある。

 結局、町工場には転職せず、元のコンサルティング業に収まったのは、ひとえに私の勇気が欠けていたためである。だが、この業界にまた戻ってきた以上、職人たちに笑われないようなクオリティの高い仕事をしなければならないと気を引き締めているところだ。

 モノづくりの言葉に加えて、職人の心構えも非常に勉強になった。以下、本書より印象に残った部分を引用する。現在の日本企業が忘れてしまった大切なことが、ここにはたくさん含まれているような気がする。
 マシニングセンタだのNC旋盤だのをいくら立派に並べてみせたって、あんなものは金を出せば買えるものね。でも、工場の隅っこにある旋盤を、丁寧に使っているかどうかを見れば、工場の技術がわかるんだ。あれは道具づくりには欠かせない機械だもの。それで、売っていない道具を工夫して作る。それを粗末にしているようじゃあ、いくら新しい機械が揃っていたって、そんな工場はたいしたことはないんだ。
 規格にはずれていないんだからこれでいいや、という人のネジと、規格にはずれてはいないけれど、こんなものを出荷したら工場の恥だ、と考える人のネジとでは、箱にたまったネジの山をひと目見たらすぐにわかります。美しさがちがいますよ。
 素人は、複雑に入り組んだ形をしたもののほうがむずかしいと思いがちだが、そうではない。肉厚の極端に薄いものや、長くて細いもののことを”薄もの””長もの”と呼んで、加工はむずかしい。金属というのは、削っていくうちに変形してくる。その変形を防ぐための工夫が、加工の知恵として要求される。多くの場合、治具と呼ぶ工具を自作することなしに、それは作れない。(中略)「治具づくりで手抜きをすると、必ずしっぺ返しを食うものね」
 「いまも不況知らずの工場というのは、工場で使う道具の7割は自前で作っていますね」石川さんは自問自答のようにしてそう言い、わたしはその言葉もメモしたのだった。石川精器の自己表現が、その言葉を裏付けるように”道具”にこだわり続けているのも、見逃せない。
 たとえばウチではリミットが100分の1ミリという精度を守って作っているのを、海外で100分の3ミリなら安く作れます。形は同じものだし、その部品を組み込んでも当初は大差なく機能します。でも、ガタがガタを呼ぶんです。100分の3のガタがあったら、100分の5や6になるのはアッという間ですよ。耐久性を考えないで、安く作ることが優先されています。それはこわいことですよ。
 大手メーカーと呼ばれるような企業の変質が、リストラの名のもとに進んでいる。メーカーの消費化という変質である。メーカーでありながら実はモノを作らず、できる限り安く買いあさる。おおよその設計と買い集めた部品を組み立てるくらいしかしないメーカーの仕事は、もはやマネージングであり、実業というよりは虚業に近い。
 職人とは、モノを作るみちすじを考え、モノを作る道具を工夫することのできる人間だと、わたしは思っている。工業製品のように均質で無個性のモノを作る人間を、どうして職人かといぶかる人は多い。(中略)

 わたしは、ものづくりとはプロセスが勝負だと考えている。モノを作る過程にこそ、人は個性を発揮する。わたしたちは、無個性で均質なモノを作るために、どのような段取りで、どのような道具を使うかに心を砕く。そのプロセスはとても個性的なもので、たとえばひとつの機械部品を削るためのコンピュータ・プログラムは一人ひとりちがっている。だから職人なのだとわたしは思っている。
 合理化や効率を追って作業の細分化が進むにつれて、若い労働者がたっぷりと”雑用”を体験する機会が少なくなった。わたしなぞは、そのぶん彼等を不幸だなと感じることがある。”雑用”は、マニュアルとはちがう言葉を持っている。マニュアルだけで純粋培養される技能技術は、創造性に欠ける。(中略)

「なあ小関くんよ、俺たちの工夫ってのはさ、机に向かって図面描いているときには出ねえのさ。現場に降りて、ヤスリのケツ押してると、ふっと浮かぶんだよな。わかるだろう」





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