2013年09月15日
【ベンチャー失敗の教訓(第35回)】人材育成が事業テーマなのに自社には人材育成の仕組みがない
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私が入社した頃のX社は、私を含め全て中途採用で人材を集めていた。だが、私は新卒入社したSIerをわずか1年ちょっとで退職していたため、実質的には第二新卒のようなものであった。第二新卒だから入社後に多少はトレーニング期間があるだろうと期待しつつも、当時のX社は設立してからわずか2年ほどしか経っていなかったから、おそらくまともな研修はないだろうという覚悟もできていた。案の定、入社後にシニアマネジャーから渡されたのは、「パワーポイントの作成方法」をまとめた20ページぐらいのパワポの資料だけであった。
私が入った頃は社歴も浅く、こんな状態でもまだ目をつむることができた。問題なのは、私よりも後にたくさんの社員が3社に入社してきたにもかかわらず、何年経っても人材育成の仕組みが整わなかったことである。「中小企業だから人材育成の仕組み化までは手が回らない」という言い訳は、通常の中小企業ならば許されたであろう。しかし、3社は人材育成をテーマとして事業を行っていた企業だ。その企業が、自社の人材育成を軽視していたとあっては、顧客企業に自信を持ってサービスを提供できるはずもない(この点は、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第10回)】自社ができていないことを顧客に売ろうとする愚かさ」に通じるところがある)。
3社とも、現場からもっと社員教育に注力してほしいという要望が上がると、やっと人材育成の仕組み化に着手するのだが、何をやっても形にならない。ある時、社員のキャリアパスと評価制度、育成体系を構築するために、事業会社で人事部長を務めた経験のあるベテラン社員をディレクターとして採用した。ところが、このディレクターの成果と言えば、当時3社に欠けていた就業規則(就業規則が存在しなかったこと自体が問題だが・・・)を作ったことぐらいしかなかった。
特にX社は、人事考課の重要性が全く認識されていなかった。経営資源は、適切なパフォーマンスを上げているかどうかを定期的にチェックする必要がある。機械設備であれば、定期点検を行って、問題がある箇所にはメンテナンスを施す。人材に関しても同様である。社員の能力や成果を定期的に確認し、今後どんな成果を目指すのか、そのためにどんな能力を習得する必要があるのかを明らかにしなければならない。それが、人事考課や評価面談の目的である。
私はX社に約5年半在籍したが、仮に半年に一度人事考課が行われていれば、11回は評価面談のチャンスがあったはずだ。だが、私はたった3回しか評価面談を受けた記憶がない。しかも、そのうち2回は、昇給の通知を形式的に受け取っただけである。このディレクターは、人事考課を定期的に行わせることすらできなかった。ある時、このディレクターは「四半期面談の制度を導入する」と宣言した。だが、半年に一度の面談すらろくにできていないのに、それより頻度が高い四半期面談など定着するはずがない。結局、四半期面談は1回しか行われなかった。
後から話を聞いてみると、このディレクターは人事部長を経験しているとはいえ、実際には前職の企業の業績が芳しくなく、リストラ関連の業務を長いことやっていたのだという。だから、このディレクターに人材育成の仕組み化を期待すること自体が無理な話だったのかもしれない。
3社は、私が在籍していた約5年半の間に、3回の大がかりなリストラを行った。皮肉なことに、このディレクターの経験が最も生きたのは、リストラの時であった。ところが、最後のリストラでは、このディレクター自身も人事部長のポストから外されることになった。人事部長の最後の仕事として、リストラの処理にあたっていたこのディレクターに対し、Z社のC社長は「よかったな、最後に人事部長らしい仕事ができて」と痛烈な皮肉を浴びせていた。
大企業のようなリッチな教育研修をやってほしいなどとは、社員たちも期待していなかった。せめて勉強会のような形で、スキルアップの機会があれば十分であった。現場からの突き上げを受けたX社のA社長は、X社とZ社のコンサルタントを対象に、月1回のペースで勉強会を開くことになった。各回とも、コンサルティングの現場で使うフレームワークを1つずつ学習するのが目的であった。ところが、私のノートに記された記録によれば、この勉強会は2006年10月から2007年3月の間に6回しか開催されていない。
再び勉強会の機運が高まったのは、2007年の末である。前回の勉強会の反省を活かして、今度はビジネススクールで用いられているケーススタディの教材を使い、もっと踏み込んだ議論をしようということになった。ところが、この勉強会も、2007年12月から2008年5月の間に5回しか行われていない。勉強会を取り仕切っていたシニアマネジャーが2008年の夏に退職すると、この勉強会も立ち消えになってしまった。
そもそも、X社は研修サービスを提供している企業なのだから、自社の研修を社員に対して実施すれば最も効率的なはずだ。社員にとっては、自らのスキルアップにつながるだけでなく、自社のサービスをよく知るいい機会になる。にもかかわらず、X社の講師が自社の研修を社内向けに行ったのは、私が知る限り2007年9月の1回にすぎない。人材育成には時間がかかる。何度も何度も繰り返し学習することで、やっと知識や能力が身につく。こんな細切れの研修や勉強会を実施したところで、効果は皆無だと言って過言ではない。
長きにわたって高業績を上げている中小企業は、人材育成に対して非常に熱心である。しかも、自社の限られたリソースの中でいろいろと創意工夫をしながら、オリジナルの仕組みを構築しているものだ。独自の「スキルマップ」を作成して各社員のスキルレベルを可視化している企業もあれば、新入社員を徹底的にOJTで鍛え上げ、トレーニングの内容を自社フォーマットの「OJT報告書」にびっしりと記述させている企業もある。
自社の業務内容を社長自身が「教科書」という形でまとめ上げ、社員に徹底的に叩き込む企業もあれば、専務が音頭をとって定期的な勉強会をやり続けている企業もある。自社で研修や勉強会を行うのが難しい場合には、外部の交流会や取引先の勉強会などに参加させる。いくらでもやりようはあるわけだ(※川喜多喬他『中小企業の人材育成作戦―創意工夫の成功事例に学べ』〔同友館、2006年〕を参照)。3社には、こういう粘り強い姿勢が欠けていたと思う。
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(※注)>>シリーズ【ベンチャー失敗の教訓】記事一覧へ
X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング