2014年11月18日
『ベンチャーとIPOの研究(一橋ビジネスレビュー2014年AUT.62巻2号)』―マクロデータから見る事業・起業機会のラフな分析
一橋ビジネスレビュー 2014年AUT.62巻2号: ベンチャーとIPOの研究 一橋大学イノベーション研究センター 東洋経済新報社 2014-09-05 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
(前回の続き)
ここ数年、政府は「創業補助金」を出して起業活動を支援している。平成25年度と26年度はそれぞれ前年度の補正予算で実施されていたが、27年度は本予算で実施される見込みだ。ただ、以前の記事「平成27年度経済産業省概算要求 中小企業関連政策のポイント」で書いたように、政府は「創業すれば何でもいい」と考えている節がある。本来であれば、「経済の実態を踏まえて、この分野で起業してほしい」という方針を政府として明確に示すべきだろう。
別の補助金の話になるが、「ものづくり補助金(中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業)」では、健康・医療、航空・宇宙、環境・エネルギーの3分野に該当する場合、補助上限額が1,000万円から1,500万円に上がる。また、各地方の「地方版成長戦略」で指定された産業に該当する場合には、審査で有利になる。この点で、ものづくり補助金は創業補助金よりも進んでいる。しかし、これらの重点分野がどのような基準で選ばれたのかがよく解らず、政治的意向が働いて「えいやっ」で決められたようにも感じる。
起業・事業機会をマクロデータから導くには、財務省の貿易統計を利用する、という手が考えられる。財務省のHPには、品目別の輸出・輸入額が掲載されている。このうち、輸入超過に陥っている品目で、超過額が大きいものに着目する。
こうした品目は、国内で需要があるにもかかわらず、国内の供給が追いついていないものであり、事業チャンスがあると言える。例えば、以前の記事「『一流に学ぶハードワーク(DHBR2014年9月号)』―「失敗すると命にかかわる製品・サービス」とそうでない製品・サービスの戦略的違いについて」で書いたように、医療機器は1.1兆円の輸入超過であり、ビジネスチャンスが大きい(ただし、輸入超過の品目の中には、コモディティ化して生産の大部分が海外に移っているために輸入超過になっている品目もあるので、その辺りは注意が必要である)。
財務省の貿易統計で使われている品目コード(HSコード)は第1類~第97類まであり、さらに各類に下部コードがあるため、データ量が非常に膨大である。全部を分析すると大変なことになるから、一番解りやすそうなものとして、第85類「電気機器及びその部分品並びに録音機、音声再生機並びにテレビジョンの映像及び音声の記録用又は再生用の機器並びにこれらの部分品及び附属品」をピックアップしてみた(なお、第85類には「集積回路(85.42)」があるのだが、他の品目に比べて輸出入額が大きく、グラフに含めるとグラフの形が崩れてしまうため省略した)。
○第85類「電気機器及びその部分品並びに録音機、音声再生機並びにテレビジョンの映像及び音声の記録用又は再生用の機器並びにこれらの部分品及び附属品」の輸出額・輸入額・貿易収支(2013年、単位:10億円)
○第85類「電気機器及びその部分品並びに録音機、音声再生機並びにテレビジョンの映像及び音声の記録用又は再生用の機器並びにこれらの部分品及び附属品」の内訳
グラフからは、「電話機及びその他の機器(85.17)」が大幅な輸入超過であることが解る。固定電話はほとんどコモディティであるし、携帯電話は海外のスマートフォンが強いため、このような結果になっているのだろう。よって、この分野は輸入超過であっても、新規参入は難しい。
このグラフで1つ注目したいのが、「電気絶縁をした線、ケーブルその他の電気導体及び光ファイバーケーブル(85.44)」である。以前、電気ケーブル業界について知り合いの中小企業診断士から教えてもらったのだが、電気ケーブルは自動車の生産ライン、産業用ロボット、半導体製造装置、プレス機械など、電気を使う機械には必ず使われる製品である。
機械装置メーカーが新しい装置を開発する際には、サイズ、長さ、使用本数、耐熱温度、屈曲性など装置に適合した様々な特殊ケーブルを必要とする。機械装置メーカーは細かく仕様を決めて電気ケーブルを発注し、発注後はすぐに納品するように要求してくるという。一般的に、特注品・短納期の製品は、日本企業の得意分野である。それが輸入超過なのだから、日本企業が入り込む余地はまだまだあると言えるのではないだろか?
貿易統計のデータは非常に細かく、分析が大変である。しかし、切り口が細かいゆえに、意外なニッチ市場が見つかる可能性がある。ただ、貿易統計からは、内需主導型の産業のことは解らない。そこで、厚生労働省の「労働経済動向調査」というデータを見てみよう。労働者DI(労働者が「不足」と回答した事業所の割合から「過剰」と回答した事業所の割合を差し引いた値)が長期間プラスになっている業界は、需要があるにもかかわらず慢性的に人手不足となっており、ビジネスチャンスがあると考えられる。
○産業別に見た常用労働者のDIの推移
労働者DIが長期間プラスで固定しているのは、情報通信業、運輸業・郵便業、宿泊業・飲食サービス業、医療・福祉である。これらの業界は離職率が高いので労働者DIがプラスになっているとも考えられるが、情報通信業ではIT技術が日々進化しており、運輸業・郵便業は荷物の小口化とWeb通販の拡大による荷物の増加によって物流量が拡大している。宿泊業・飲食サービス業は外国人観光客の急増で需要が伸びているし、医療・福祉については今さら言うまでもない。
意外なところでは、学術研究・専門・技術サービス業の労働者DIが長期間プラスで推移している。弁護士、公認会計士、社会保険労務士などのいわゆる士業や、私のような経営コンサルタントがこのくくりに入る。どうやら、こういう人材が日本では不足しているようだ。ただ、これらのビジネスはあまり規模を追求できないので、雇用創出への貢献度は低いかもしれない。
もう1つ意外だったのは、金融・保険業の労働者DIが低いことである。高齢者の潤沢な金融資産をターゲットとして金融商品が多様化・複雑化しており、高度な知識を持った人材が必要とされているのかと思いきや、現実はそうではないようである。だから、例えば今から保険の代理店事業を立ち上げようとするのは、ポテンシャルに乏しい選択肢なのかもしれない。