このカテゴリの記事
DHBR2018年7月号『アジャイル人事』―日本の製造業がアジャイルを実践するために人事部がなすべき5つのこと
比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

※2019年にWordpressに移行しました。
>>>シャイン経営研究所(中小企業診断士・谷藤友彦)

Top > 賃金制度 アーカイブ
2018年06月18日

DHBR2018年7月号『アジャイル人事』―日本の製造業がアジャイルを実践するために人事部がなすべき5つのこと


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年07月号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年07月号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-06-09

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 「アジャイル(Agile)」とは「俊敏な」という意味であり、近年IT業界で使われるようになった用語である。端的に言えば、要求仕様の変更などに対して、機敏かつ柔軟に対応するためのソフトウェア開発手法のことである。従来は、要求仕様を満たす詳細な設計を行った上で、プログラミング開発や試験工程に移行する「ウォーターフォールモデル」が主流だったが、開発途中での仕様変更や修正が困難で、技術革新や企業環境の変化に即応することが難しいという問題を抱えていた。アジャイルでは、仕様や設計の変更があることを前提に開発を進めていき、徐々に擦り合わせや検証を重ねていく。途中経過の成果を早い段階から継続的に顧客に引き渡すことで、開発途中での確認や仕様変更などに対応する。また、仕様書だけに頼るのではなく、顧客や開発チーム内でのコミュニケーションを重視することを原則としている。

 今月号の論文「伝統的な組織を俊敏に変える3つのステップ 日本企業が『アジャイル』を実践する方法」(桜井一正、高部陽平)では、アジャイルが適用できるための条件として、①トライ・アンド・エラーが許容される、②短期間で成果を可視化できる、③最大20人の単位でチームが成り立つ、④リーダーの力量、⑤ジュニアメンバーの自律性という5つが挙げられている。

 私はこの論文をパッと読んだ時、日本企業にはアジャイルを導入する余地がほとんどないのではないかと感じた。というのも、以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で使用したマトリクス図に従えば、日本企業は「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが大きい」という<象限②>に強いからである。この象限では品質上の欠陥は絶対に許されない。自動車業界では、最終組立メーカーが系列の部品メーカーに「不良ゼロ」を要求するぐらいである。この象限では、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、別の言い方をすれば、顧客に対して不良を含むかもしれない試作品を提供しながら開発を進めることは不可能に近い。

 欧米、特にアメリカでアジャイルが実践されているのは、アメリカ企業が前述のマトリクス図のうち、「必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが小さい」という<象限③>に強いからである。特に、アメリカ企業はWebサービスやソフトウェアに強い。これらの製品・サービスでは、多少のバグがあっても顧客に許される。むしろ、バグの発見によって製品・サービスがどんどんグレードアップしていくのを顧客が歓迎しているくらいだ。こういう領域であれば、企業はアジャイル開発で素早くベータ版を市場に投入し、顧客からのフィードバックを得ながら品質を上げていくことが有効であろう。

 今月号では、オランダの金融機関であるINGがアジャイル経営を行っていることが紹介されている(ドミニク・バートン、デニス・ケアリー、ラム・チャラン「フィンテック時代のING全社改革 世界的金融グループはアジャイル手法で組織を変えた」)。INGでは、従来型の組織の大半が「トライブ(部族)」、「スクワッド(分隊)」、「チャプター(支部)」と呼ばれるアジャイル組織に変更された。まず、住宅ローンや証券、プライベートバンキングなど個別の事業領域に対応して、13のトライブが設けられた。各トライブの最大人数は150人である。各トライブにはトライブ・リーダーがいて、トライブ内に9人以下のメンバーからなるスクワッドを作る。スクワッドは自己管理型のチームであり、新製品・サービスの提供やメンテナンスなど具体的な顧客ニーズに応える。

 スクワッドはマーケティングの専門家、製品の専門家、データアナリスト、IT技術者など、部署横断的に多様な人材で構成され、メンバーのうち1人が「製品責任者」に指名される。チャプターは、多くのスクワッドに分散する同一分野(例えば、データアナリティクスやシステム開発工程など)の人材をまとめる役割を果たす。ここまで読んで、これは製品別/顧客別事業部制組織と何が違うのだろうかと私は疑問に感じた。トライブを事業部、スクワッドを製品別/顧客別のチーム、チャプターをスタッフ部門と読み替えれば、従来の組織論で説明することができてしまう。一般的な金融機関は前述のマトリクス図で言うと<象限②>に該当するのだが、やはりアジャイルは<象限②>と相性が悪いのではないかと思った。

 ただ、これで話が終わってしまっては何の面白みもない。確かに、不良を含むかもしれないベータ版を提供し、顧客と擦り合わせながら製品・サービスの品質を上げていくというアジャイルは日本企業には不向きかもしれない。しかし、アジャイルの別の側面、すなわち、PDCAサイクルを細かく回すことで不良を出さないようにするという点は取り入れることができると思う。

 ウォーターフォールモデルでは、最後の統合テストを行うまでバグが解らず、バグが見つかった時には大幅な手戻りが発生するという問題があった。製造業でも、ラインで製品が完成してから品質保証部門(品証)が検査を行うため、やはり不良が見つかった場合には大幅な手戻りが生じるか、不良品を破棄しなければならないという問題を抱えていた。近年、日本の製造業の品質神話が崩れつつある。昔は、品証が問題を発見すると、「こんなもの出荷できるか!」と最後の番人役を務めていたのだが、次第にそういう人はいなくなり、同時にラインでは非正規社員が増えたことで、総合的な現場力が劣化したことが原因のようである。よって、現場でPDCAサイクルを細かく回し、不良を発見するタイミングを増やすことが重要である。不良の発見は、製造工程の初期段階であればあるほどよいと、インテルのアンドリュー・グローブは述べている。

インテル経営の秘密―世界最強企業を創ったマネジメント哲学インテル経営の秘密―世界最強企業を創ったマネジメント哲学
アンドリュー・S. グローヴ Andrew S. Grove

早川書房 1996-04

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 まず、何を作るか計画を立てる。そして、少し作ってみる。その後、第三者にチェックしてもらい、問題があればそれを改善する。目的物そのものが変われば、計画の段階から見直す。これを細かく繰り返すのがアジャイルである。このプロセスは何かに似ていると思わないだろうか?そう、日本企業に特有の「稟議」プロセスである。

 稟議では、利害関係者に根回しをして、ある人からフィードバックをもらっては企画書を修正し、その後別の人からまたフィードバックをもらってはさらに企画書を修正する。途中で、「こんな企画ではダメだ」と言われたら、企画を練り直す。そして再び、利害関係者の意見をうかがう。こうして、様々な立場の人たちの多角的な意見を反映させて企画を作り上げていく。利害関係者が集まる意思決定会議では、ほとんど異論が出ずに企画が承認される。表面的に見れば、まさにアジャイルである。しかし、稟議の問題は、アジャイルという言葉とは裏腹に、時間がかかりすぎることである。これは、稟議が非公式、偶発的、暗黙知的に行われるためである。だから、アジャイルを実践するには、細かいPDCAサイクルを公式化しなければならない。

 そのために人事部がなすべきことは、以下の5つである。

 ①製造現場の業務プロセスの設計を支援する。
 日本では、業務を遂行する現場が強く、業務プロセスにヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源を投入する人事部、購買部、経理部、情報システム部は現場に従うという主従関係が成立しているように思える。例えば、人事部は製造現場から言われるがままに人材を採用し、ラインに配属する、という関係である。だが、私はこうしたスタッフ部門はもっと現場に介入して、現場の業務プロセス構築を支援するべきだと考えている。

 製造現場はスループットを最大化するという目的のために製造工程を設計するが、人事部はヒト、購買部はモノ、経理部はカネ、情報システム部は情報の視点から製造工程を最適化する。4部門が連携して、最適化の精度を上げることも重要である。さらに、製造工程は高度に技術的なプロセスでもあるから、設計部や製造工程部との連携も欠かせない。ここでのポイントは、先ほど述べたように、製造工程の早い段階でチェックのプロセスをできるだけ多く設定することである。上司から部下へのフィードバックの機会をあらかじめ業務プロセスに埋め込んでおく。こうしたフィードバックは、運用段階になるとややもすればおろそかにされがちであるから、きちんと文書化しておくことが欠かせない。アジャイル開発では文書が不要と言われることもあるが、基本指針を関係者間で共有するための文書は必須である。

 ②経営戦略、経営目標が変更になったら、素早く現場にブレイクダウンする。
 アジャイルでは、事業環境の急激な変化に伴って経営戦略や目標が頻繁に変わることを想定している。多くの企業では目標管理制度が導入されているが、年に1回の目標設定では環境変化に適応できない恐れがある。人事部は経営陣と緊密に連携し、戦略が変更されたら新しい経営目標を各部門や各社員の目標に落とし込むことができるようにしなければならない。もちろん、単に人事部が上から目標を押しつけるのではなく、人事部が提示した目標が腹落ちするように、上司と部下の間で対話を行うことが重要である。そして、現場の目標が変われば業務プロセスも変更になるから、①で述べたように人事部は現場の業務プロセス再構築をサポートする。

 ここで問題になるのが報酬である。近年は成果主義が浸透し、給与全体に占める業績給の割合が上昇する傾向にある。今月号の論文「採用、評価から育成まで アジャイル化する人事」(ピーター・カッペリ、アナ・テイビス)では、個人の貢献に応じて報酬を細かく調整するべきだと述べられている。だが、この点に関して、私は異なる考え方を持っている。それは、個人の業績、部門や会社全体への貢献度を厳密に測定して金額に変換することは不可能だということである。経営戦略の変更に伴って頻繁に個人目標が変わるならばなおさらである。だから私は、報酬に関しては以前の記事「比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた」で述べたような簡素な制度を保持するべきだと考える。そうすれば、個人の貢献度合いをめぐって、社員と人事部との間で不毛な議論を呼び、そのために業務が停滞することもないだろう。

 ③上司から部下へのフィードバック情報を蓄積する。
 アジャイルでは、①で設計された業務プロセスに従って、上司から部下に対して頻繁にフィードバックがなされる。人事部は、そのフィードバック情報を蓄積する仕組みを情報システム部門と一緒になって構築するとよい。大がかりなシステムは不要である。チャット機能と、上司のフィードバックコメントから部下の強み・弱みを抽出できるテキスト分析機能がついていればよい。このシステムを使うことで、定期的な人事考課のために上司が部下の仕事ぶりに関する過去の記憶を遡って、人事考課シートに評価コメントを記入するという面倒な作業から解放される。

 上司から部下に対してフィードバックを行う際には注意点がある。それは、何か問題が生じた時に、すぐさま、対面でフィードバックをするということである。問題発生から時間が経てば経つほど、フィードバックの効果は薄れていく。また、メールやチャットのみでフィードバックをするのも望ましくない。川島隆太『スマホが学力を破壊する』(集英社、2018年)によると、対面で会話をした場合には、思考や創造性を担う脳の最高中枢である前頭前野が活性化するのに対し、PCで文章を書いた場合には前頭前野が活性化しないそうだ。だから、アジャイルが目指す効率化に反するように思えても、上司から部下へのフィードバックに関しては対面で行うべきである。その上で、そのフィードバック内容を先ほどのシステムに入力する。

スマホが学力を破壊する (集英社新書)スマホが学力を破壊する (集英社新書)
川島 隆太

集英社 2018-03-16

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ④人材の柔軟な配置を実現する。
 業務プロセスが頻繁に変更になれば、人材の入れ替えも頻繁になる。人事部は、③のシステムを活用して、それぞれの社員の能力、技術、強みをデータベース化する。そして、現場と緊密に連携して、どのラインで人材が不足しているのか、逆にどのラインで人材が余剰になっているのかをリアルタイムで把握しておく。人材が不足しているラインには、ラインが要求する人材要件にフィットする社員をデータベースの中から検索する。逆に、余剰人材に関しては、その人の能力などが活かせる現場がないかを探す。人事異動は製造部門内だけで完結する場合もあれば、製造部門以外の部署が関係してくる場合もある。現在はこうしたデータベースが充実していないため、欠員が出るとその場しのぎで非正社員を採用しているケースが多いように感じる。

 ここでのポイントは、1年ないしは半期に1回の異動にとらわれてはいけないということである。期中で戦略も目標も業務プロセスも変化するのだから、それに合わせて人材も変化させなければならない。日本企業の場合はゼネラリストを育成するという方針が強いため、職種や部門の転換を伴う異動は比較的受け入れられやすい。一方、欧米の場合、社員はスペシャリスト志向が強く、職種や部門の転換には反発する傾向があるそうだ。また、部下の職種や部門が変わることを快く思わない上司も多いらしい。上司にとって部下は業績を上げるための手段であり、それを取り上げられると自分の業績に響くからだという。この点、日本企業は柔軟な人材配置が実現しやすいと言えるだろう。この利点を活かさない理由はない。

 ⑤必要な技術・能力を素早く習得できる学習環境を整える。
 環境が変化し、戦略が変化し、業務プロセスが変化すれば、必要となる技術や能力も変化する。その技術・能力を社員に習得してもらうために、人事部が伝統的な集合研修に頼っているようでは遅きに失する。かといって、現場のOJTに任せると社員の能力レベルに差が生じる可能性がある。ここで、昔の私ならば、社員が自ら最新の技術・能力に関する動画を撮影して、社内のイントラネットに自由にアップできる環境を構築したらどうかと提案していただろう。だが、最近はどうもこうしたe-Learningの効果に懐疑的であるし、③で紹介した『スマホが学力を破壊する』の論理を拡張すれば、オンライン講座を見ても前頭前野が活性化しない恐れがある。

 最も効果的なのは、社員同士の勉強会であろう。①とも関連するが、定期的な勉強会を業務プロセスの中に強制的に組み込んでおくのも1つの手である。人事部は、最新の技術・能力を持つ社員の暗黙知を引き出し、それを形式知化する支援を行う。また、その形式知がどうすれば他の社員にも伝わりやすくなるか、学習コンテンツ制作のアドバイスをする。さらに、ワークショップを交える場合には、参加者同士の間で新たな学習が生まれるようなファシリテーションの方法についてもサポートする。勉強会も、アジャイルの目指す効率化を短期的には犠牲にするものの、中長期的に見れば職場の活性化につながり、それが生産性向上をもたらすと考える。

2018年06月15日

比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた


給与明細と電卓

 成果主義が浸透するにしたがって、給与も従来の職能給中心から業績給中心へとシフトしているようである。だが、「個人の業績」を特定するのは容易ではない。短期的には業績につながらないが、中長期的には業績アップが見込まれるというポテンシャルをどう評価するのか?個人の業績にはつながっていないが、同僚や他部門に対して大きな貢献をした社員をどのように評価するのか?マネジャーの業績とはそのマネジャーが率いる部門の業績だが、どこまでがマネジャーの貢献分で、どこからが部下の頑張りによるかをどうやって線引きするのか?イノベーションを推進するために失敗に寛容な組織文化を醸成するとすれば、イノベーションに失敗した人にも業績給を支給するべきだが、その場合の業績とは何か?など、様々な問題がある。

 私は何度かこれらの問題に取り組んだものの、満足な答えが得られたことがない。業績を厳密に定義しようとすればするほど、賃金制度は複雑になり、社員の理解が得られなくなる。そこで、仮にも人事コンサルタントである自分がこんなことを言うと波紋を呼びそうだが、業績給による賃金制度を作ることは諦めることにした。ブログ別館の記事「経団連事業サービス人事賃金センター『本気の「脱年功」人事賃金制度―職務給・役割給・職能給の再構築』―人事制度は論理的に設計すればするほど社員の納得感が下がる」でも書いたように、人事制度で重要なのは「論理性」ではなく「解りやすさ」であると思う。

 《参考記事(いずれも旧ブログ)》
 『人事と出世の方程式』―功ある者には禄を、徳ある者には地位を
 『バリュー・プロフィット・チェーン』―「顧客生涯価値」と「社員生涯価値」のまとめ(1)(2)
 「人材の柔軟な配置変更」の実現に向けてクリアすべき課題―『イノベーションの新時代』
 マネジャー(管理職)の評価方法に関する素案
 「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案

 最も解りやすい賃金制度は、やはり日本企業の伝統である「年功制」である。年齢という誰にとっても明白な基準で給与が決定されるからだ。さらに、その給与は社員の生活を十分に保障するものでなければならない。以前の記事「【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察」でも書いたように、企業は自社に対して、経営資源の1つである人材を供給する家庭に「下問」し、家庭の目標である「生計の維持」を達成できるよう支援することを経営上のルールとする必要がある。そして、一般的に、生計費(生活費)は社員の加齢とともに増加するから、年功制に基づく賃金制度では、給与は年齢とともに上昇し続ける。

 近年、高齢社員の人件費を抑えるために、賃金カーブが途中から右下がりになる給与体系を導入している企業が増えている。しかし、長くその企業に勤めると途中から給与が下がることが解っている企業で、ずっと働こうと思う社員が果たしてどれくらいいるのか疑問である。さらに、給与が下がった高齢社員のモチベーションも心配である。彼らのモチベーションが下がれば、周囲の社員の士気にも影響する。モチベーションは伝染するものであるからだ。私は、自ら社内にがん細胞を植えつけて、それを増殖させるような施策を取る企業の心理が理解できない。

 出光興産の創業者である出光佐三は、「年功制」、「生活給」の支持者であった。
 出光には労働切り売りの思想はないんです。しかし従業員の生活は保障し、安定させなければならない。どうやっているかというと、結婚すればまず家を与え、妻手当を支給するし、子供ができれば子供手当を与える。だから、同じ大学を出た者でも、結婚すれば実質的に給料が6割ぐらいふえることになっております。これはどういうことかと言えば、独身時代でもそんなにゆとりのある生活はさせておらない、そこで結婚すれば女房の食い扶持もいるし、社交的交際もふえるので、いままでの給料であればみじめな生活をしなければならない。これは親として見るに耐えないということなんですよ。
 お前は年をとったから駄目だ、若い者のほうがよいというような、肉体的働きばかり見ていてはいけない。そういう目に見える労働だけではなくて、それ以外に人間の尊厳と苦難の経験から出た判断力というものがある。これは年とった人にあるんです。そういう年とった人を敬うところから和の力も出てくるし、年とった人を大切にすればお互いが仲よくなる。年寄りを馬鹿にすることは対立闘争になりますよ。(中略)私は人間のあり方を尊重することから年功序列をとっているということです。
働く人の資本主義 〈新版〉働く人の資本主義 〈新版〉
出光佐三

春秋社 2013-10-18

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ここからは、私が考える「非常にシンプルな賃金制度」の試案を示してみたいと思う。なお、本来であれば、賃金制度はその企業の戦略とリンクさせるべきものであるところを、今回は賃金制度のみを切り出して取り上げているので、若干数字遊びのようになっている点はご容赦いただきたい。こういう柔らかいアイデアを公開すると、「お前は本当に人事分野のコンサルタントなのか?」と言われそうだが、敢えてそのリスクを承知の上で書くこととする。

①基本給テーブル

 大学卒業後に入社し、65歳で定年を迎えるケースとした。基本給は年功制かつ生活給の性質を持つものであるから、その決め方は極めて単純である。つまり、「年齢×10,000円」とすればよい(上図のオレンジ網掛けの部分)。究極までシンプルにすれば、賃金制度はこれが全てである。だが、さすがにこれでOKとする企業はほとんどないから、社員の能力によって若干の差をつけることとする。出光佐三も前掲の著書の中で、多少は能率給を考慮すると述べている。

 社員の能力評価も、賃金制度と同様に簡素化する。以前の記事「グロービス・マネジメント・インスティテュート『ビジネスリーダーへのキャリアを考える技術・つくる技術』―若者が猫も杓子もコンサルタントを目指していた時代のキャリア開発論」で示した、①構想力、②問題解決力、③組織を動かす力、④コミュニケーション力という、どの企業でも共通して求められる4つの能力に、「業界特有の知識」を加えた5つの能力・知識について、定期的に5段階で総合評価を行う。その結果、例えば30歳の場合、評価が「3」の時の給与=30歳×10,000円=300,000円を基準とし、評価が1上がるごとに2,500円給与が上がり、評価が1下がるごとに2,500円給与が下がるようにしてある。評価結果による給与の増減幅は他の年齢でも同じである。

企業に共通して求められる4つの能力

 多くの日本企業には依然として職能資格制度が残っているので、能力・知識の評価結果を職能資格制度と連動させる。下表では職能をLevel1からLevel9まで設けている。Level1・2が一般社員に、Level3・4が係長に、Level5・6が課長に、Level7・8が部長に、Level9が取締役に対応する。ある職能から上位の職能に昇進するためには、その職能に昇格して以降、直近5年間の能力・知識評価結果の合計が15点以上である必要がある。よって、上位の職能には最速3年で昇格できる(「最短昇格年齢」の列を参照)。一方、毎年の評価が「3」の場合、昇格に5年かかる計算になる(「標準昇格年齢」の列を参照)。各職能の職能給も、下表のように設定する。

②職能と昇格・職能給・役職手当・降格・再昇格条件

 実は、毎年の能力・知識の評価結果や職能給では、ほとんど給与に差が出ない。これでは最近の社員はモチベーションが上がらないという企業のために、「役職手当で差をつける」という方法をとった。上表の役職手当は、「早い年齢で昇進した方が金額が大きくなる」かつ「毎年、年齢に応じて少しずつ手当が増える」ように設計されている。例えば、係長の役職手当は、「10,000円×√(39歳(※Level4に昇格する標準年齢+1歳)-係長になった時の年齢①)+(年齢-係長になった時の年齢②)×2,500円」で計算される(「係長になった時の年齢①」は、後に述べる降格によって39歳以上で係長になった場合には38歳と見なす。「係長になった時の年齢②」は、文字通り係長になった時の実年齢である)。この計算式だけやや複雑なのだが、ポイントは「早い年齢で昇進した方が金額が大きくなる」かつ「毎年、年齢に応じて少しずつ手当が増える」ことである。これを実現できる方法で、もっと簡単なやり方があれば是非ご教示いただきたい。

 各職能を最速の3年で昇格していく人と、標準の5年で昇格していく人を比較したのが下の表とグラフである。課長を例にとると、最速のケースでは35歳で課長になる。この場合の役職手当は、「30,000円×√(49歳-35歳)+(39歳-39歳)×2,500円=112,249円」である。これに基本給355,000円(最速昇格の場合、評価は「5」なので、基準となる「3」の時の基本給350,000円より5,000円高い)と、職能Level5の職能給20,000円が加わり、合計は487,249円となる。一方、標準のケースでは43歳で課長になる。この場合の役職手当は、「30,000円×√(49歳-43歳)+(43歳-43歳)×2,500円=73,484円」である。これに基本給430,000円(標準昇格の場合、評価は「3」である)と、職能Level5の職能給20,000円が加わり、合計は523,484円となる。

③最速昇格・昇進と標準昇格・昇進

⑥賃金カーブ

 係長には最速で29歳、標準で33歳、課長には最速で35歳、標準で43歳、部長には最速で41歳、標準で53歳の時に昇進する。これを踏まえて、最速で昇進する場合と標準で昇進する場合の賃金カーブをグラフ化したものが上図である。最速で昇進する場合には、標準で昇進する場合とほぼ同額の給与を若いうちに獲得することが可能である。

 リクルート・マネジメント・ソリューションズの「RMS Research'09昇進・昇格実態調査」によると、降格運用を行っているという企業は、ほぼ3社に1社(部長30.4%、課長33.5%)となっている。これは2009年の調査結果とやや古いため、現在ではその割合がもっと上がっていると思われる。そこで、私の試案でも降格人事を考慮することにした。係長以上では、「昇進して以降、直近2年の評価ポイント合計が3以下」の場合、下の役職に降格する。ただし、敗者復活の道も用意されており、「降格して以降、直近2年の評価ポイント合計が8以上」であれば、元の役職に復帰できる。これを具体的に示したのが下の表とグラフである。

④降格を経験するケース

⑦賃金カーブ(降格がある場合)

 上段の表は、標準のペースで昇格・昇進し、53歳で部長になった人が、53歳、54歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、55歳で課長に降格したケースである。ただし、55歳、56歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、57歳で部長に再昇進する。57歳以降は再び標準的な評価「3」に戻る。53歳、54歳と2年連続で評価「1」を取ったことで、54歳、55歳の基本給は、標準的な評価「3」の場合よりも5,000円低くなる。一方、55歳、56歳と2年連続で評価「5」を取ったことで、56歳、57歳の基本給は、標準的な評価「3」の場合よりも5,000円高くなる。57歳以降は再び標準的な評価「3」に戻ることで、58歳以降の基本給は標準的な金額となる。

 課長に降格した55歳の役職手当は、本来は「30,000円×√(49歳(※Level6に昇格する標準年齢+1歳)-課長になった時の年齢①)+(年齢-課長になった時の年齢②)×2,500円」だが、「課長になった時の年齢①」については、降格によって49歳以上で課長になった場合には48歳と見なすので、「30,000×√(49-48)+(55歳-55歳)×2,500円=30,000円」となる。ここで、職能と役職は分離している点に注意を要する。53歳で部長になった時の職能はLevel7だが、55歳で課長に降格しても職能はLevel7のままである。よって、Level7にいた53歳から57歳までの5年間の評価の合計は、1+1+5+5+3=15となり、58歳でLevel8に昇格することができる。

 下段の表では、標準のペースで昇格・昇進し、33歳で係長になった人が、33歳、34歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、35歳で一般社員に降格している。ただし、35歳、36歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、37歳で係長に再昇進する。その後、標準のペースで昇格・昇進し、43歳で課長になるが、43歳、44歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、45歳で係長に降格している。ただし、45歳、46歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、47歳で課長に再昇進する。その後、標準のペースで昇格・昇進し、53歳で部長になるが、53歳、54歳と2年連続で評価「1」を取ってしまい、55歳で課長に降格している。ただし、55歳、56歳と2年連続で評価「5」を獲得したことで、57歳で部長に再昇進する。幾度もの降格にもめげない社員を想定している。

 標準のペースで昇格・昇進した人(青色)、上段の表の人(赤色)、下段の表の人(緑色)の賃金カーブをグラフ化したのが上図である。降格により一時的に給与は下がるとはいえ、本人が頑張れば、降格回数に関わらず挽回が可能であることを示している(部長になってから降格した社員は、標準のペースで昇格・昇進した社員よりも給与が低いが、もし挽回可能な賃金制度にするならば、今回の試案では対象外とした役員報酬で調整すればよいと考える)。

 これもまた古い調査データになるが、厚生労働省「平成21年賃金事情等総合調査(退職金、年金及び定年制事情調査)」によると、慣行による運用を含め47.7%の企業が役職定年制を導入している。そこで、試案では、60歳で役職定年になるケースも想定してみた。言うまでもなく、役職定年によって役職手当がなくなる分だけ給与が下がる。しかし、社員の生活費を十分にカバーできるように基本給を設定することで、社員に生活の安心感を与えることができる。

⑤役職定年があるケース

⑧賃金カーブ(役職定年がある場合)

 最後に1つだけ厳しいことを書いておく。私は年功制の支持者であるが、終身雇用は支持していない。もちろん、終身雇用が実現できればそれに越したことはないものの、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いたように、終身雇用を実現しようとすると、企業は大変なスピードで業績を拡大しなければならない。高度成長期でもほとんど実現不可能な成長率を、現代の成熟社会においても期待するのは無謀である。冒頭で、家庭の生計維持の支援をマネジメント上のルールとすべきだと書いたが、終身雇用の保障までルールとするのは企業にとってあまりに酷である。

 私は、現行の解雇基準を緩和して、一定の社員を放出することを容認するべきだと考える。具体的には、職能の各レベルの標準昇格年齢に至ってもなお昇格の要件を満たさない社員を放出する。また、39歳になっても係長のポストがない社員、49歳になっても課長のポストがない社員、59歳になっても部長のポストがない社員も放出する。彼らには、その企業で十分に活躍する場がなかったということである。ただし、企業は単に彼らの首を切るだけでは不十分である。企業は、彼らに十分な機会を与えることができなかった代わりに、彼らが他の企業へ転職したり、起業したりするのをサポートする。例えば、転職活動の間の生活費を一定期間保障する、起業のための資金の一部を提供する、などの方法が考えられる。こうすることで、家庭の生計維持の支援というマネジメント上のルールを可能な限りギリギリまで遵守するよう努める。

 (※1)賞与の決め方については別の機会にトライしたいと思う。
 (※2)今回の記事で使用した表やグラフが含まれるExcelファイルをDropboxにアップしました。ご自由にお使いください。>>>20180615_chingin-nenkousei.xlsx




  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like