2013年08月10日
【ベンチャー失敗の教訓(第29回)】営業プロセス管理がいい加減で目標が立てられない
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法人営業は個人向けの営業・販売とは異なり、長期にわたる営業活動を経て受注に至る。その営業活動を個々の営業担当者任せにせず、会社としてきちんと管理することが重要なのは言うまでもない。X社の標準的な営業プロセスは以下の通りであった。
(A)リード発掘・・・見込み顧客を発見する。リードの入り口は大きく分けて、(1)X社が開催する無料セミナー、(2)自社HPや人事関連ポータルサイト経由での問合せ、(3)既存顧客・パートナー企業からの紹介の3つがある。
(B)初期接触・・・第1回目の訪問を行う。X社の会社紹介を行うと同時に人事担当者のニーズを探り、リレーションを構築する。この段階でキーパーソンを見極められることが望ましい。
(C)提案・・・見込み顧客の人材育成に関する課題を整理し、課題を解決するための教育研修プログラムを提案する。必要に応じて、コンテンツのカスタマイズを勧める。
(D)条件交渉・・・講師、研修実施日、研修実施までのスケジュールと役割分担など、価格以外の条件を詰める。
(E)見積提示・・・研修のタイプ、講師、研修日数、カスタマイズの有無などに基づいて見積額を提示する。見込み顧客の予算額を考慮しながら価格交渉を行う。
(F)契約・・・クロージングを行い、顧客から発注書を受領する。X社は請書を返送する。
X社に導入されていた営業管理システムであるSalesforce.comでは、案件ごとのステータスが把握できるようになっていた。ところが、そのステータス情報は全くと言っていいほど活用されていなかった。前回の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第28回)】営業で失注しても「敗因分析」をしない」でも述べたように、受注か失注かという情報の管理さえもいい加減だったのだから、細かいステータス情報まで目が届かなかったのは仕方ないのかもしれない。
ステータス管理で重要なのは、「次のステータスに進んだ案件の割合」である。先ほどの営業プロセスで言うと、B/A、C/B、D/C、E/D、F/Eという5つの数値を常に可視化しておくことが肝要である。この割合が解っていれば、例えば1件の受注を獲得するのに何件のリードを獲得すればよいかが明らかになる。仮に、5つの値がいずれも50%であれば、1件の受注に必要なリードは32件(1÷0.5÷0.5÷0.5÷0.5÷0.5)となる。この数字に基づいて、マーケティング担当の私は、自社セミナーとHP経由の問合せを合わせて、30件超のリードが集まるように施策を練ることになる。
しかし、実際にはこういった数字が明らかでなかったため、私は何人の集客を目標にしたらよいのか解らなかった。営業担当者も、自分の目標売上高を達成するのに必要な手持ち商談の数を理解していなかった。仮に、B/A、C/B、D/C、E/D、F/Eの数字がそれぞれ10%下がっただけでも、必要なリード件数、手持ち商談数は大きく変動する。それぞれの値が40%の場合、1件の受注に必要なリードは約98件(1÷0.4÷0.4÷0.4÷0.4÷0.4)となり、営業担当者はそこから約39件(98×0.4)を商談化しなければ、1件の受注につなげることができない。
これだけの数のリードを獲得し、手持ち商談をこなすのはX社の人的リソースからして困難だということになれば、B/A、C/B、D/C、E/D、F/Eの割合を向上させる策を講じなければならない。B/Aの割合が低い場合は、セミナーの参加者に対して、セミナーの翌朝には営業担当者がモレなくフォロー架電を行い訪問日を設定する、あるいは、ターゲティングを慎重に行い、X社の研修サービスに興味を持っている人事担当者を選別して集客する、といった改善策が考えられる。
C/Bの割合が低い場合には、初回の訪問(たいていは人事部門の担当者クラスが出てくる)で、「御社の課題をもっとよく理解したいので、次回は部長クラスの方(すなわち、キーパーソン)に会わせてほしい」とお願いする、または、「御社の現状と課題を弊社なりに整理して次回ご提示します」、「御社のニーズに合った研修プログラムを社内で検討して、次回ご提案させていただきます」と申し出て何らかの宿題を持ち帰るなど、2回目以降の訪問の口実を作らなければならない。
E/Fの割合が低い場合には、価格に見合った研修の価値を的確に訴求することができなかった、商談リードタイムが長すぎて競合他社よりも提案力が劣ると判断された、あるいは単なる”当て馬”にされていたなど、様々な要因が考えられる。最初のケースでは、営業担当者の提案能力やプレゼン能力を上げる、2番目のケースでは、社内体制を強化して提案書を素早く完成できるようにする、最後のケースでは、”当て馬”のにおいがする案件からは早い段階で手を引く、といった手が考えられる。いずれにせよ、こういう改善策を議論するためには、B/A、C/B、D/C、E/D、F/Eの数値をきちんと算出する必要がある。
ここからは私の恨み節。私はB/Aの正確な数値を知らなかったが、恐ろしく低い数字であることだけは肌感覚で認識していた。というのも、1回20名程度のセミナーをコツコツと積み上げて、1年間で延べ約500人以上の人事担当者を集客したにもかかわらず、私が知る限りそこから受注につながった案件はほぼゼロだったからだ。営業部長に事情を確認したところ、営業担当者がセミナー参加者へのフォローを全く行っていなかったことが判明した。
唖然とした私は、「セミナーに参加した約500人分のリストがあるのだから、もう一度電話でアプローチしてほしい」とお願いした。営業部長は、手持ち商談の少なさゆえに時間を持て余していた営業担当者たちに電話をさせると約束した。しかし、1か月ほど経っても営業部長から何の報告もない。営業部長に確認すると、「今、電話をさせている最中だ」という回答しか返ってこない。
業を煮やした私は、ファイルサーバのどこかに架電の進捗を管理したエクセルがあるのではないかと思い、サーバをあさってみた。すると、思った通りエクセルファイルが出てきた。ところが、営業部長の報告とは裏腹に、架電はほとんど進んでいなかった。進捗は何と1割を切っていた。私は2度唖然とさせられた。
(※注)>>シリーズ【ベンチャー失敗の教訓】記事一覧へ
X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング