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中小企業診断士として独立する前に「顧客接点」と「外注管理」は経験しておいた方がよい
【ベンチャー失敗の教訓(第28回)】営業で失注しても「敗因分析」をしない

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年07月03日

中小企業診断士として独立する前に「顧客接点」と「外注管理」は経験しておいた方がよい


 最近は若くして独立する中小企業診断士が増えている(それでも、企業に勤めたままの診断士=企業内診断士の割合は依然として7割に上るらしい)。ただ、診断士は公認会計士・税理士や弁護士、弁理士など他の士業と異なり、法律で定められた独占業務がないため、独立開業したからといってすぐに仕事が来ることはまずない。私が独立したばかりのころは、年配の先輩診断士から、「何社かの中小企業と顧問契約を結んで安定収入を得るまでは、公的機関の窓口相談業務や専門家派遣業務を請け負うとよい」と助言された。

 ところが、窓口相談業務や専門家派遣業務も、若手の独立診断士にとって決して受注がやさしいものではない。公的機関は能力よりも経験を重視する傾向が非常に強い。中小製造業の販路開拓の専門家であれば、大手メーカーでだいたい10年以上製造・販売に携わった経験が要求される。海外展開支援の専門家の場合は、商社などで貿易業務を10年以上行ったとか、海外駐在の経験が5年以上ある、などといった条件がつく。

 だから、私みたいに社会人経験が7~8年、しかもベンチャー企業の経験しかないまま独立するのは、実は非常に無謀である(私がなぜこの年齢で独立することになったのかについては、別の機会に述べたいと思う)。もし独立を考えている若手の企業内診断士の方がいれば、あと5~10年ぐらいは今の企業に勤めるとよい、とアドバイスを送りたい(以前の記事「中小企業診断士として独立してよかった2つのことと、よくなかった5つのこと」を参照)。

 その5~10年の間に最低限経験しておいた方がよいと思う業務が2つある。1つ目は「顧客接点」における業務である。顧客接点における業務とは、営業、販売、接客、コールセンター、クレーム対応、アフターサービスなどのことである。私はベンチャー企業にいたせいか、何でもやらされていたので、顧客接点で働くことは当たり前だと思っていた。しかし、診断士になる人は大企業の人が多いせいか、顧客接点を経験していない人が案外多い。

 これも先輩の独立診断士の言葉だが、「コンサルティングとは全人格的なビジネス」である。コンサルタントは、顧客企業から”人間として”全幅の信頼を獲得しなければならない。信頼されるコンサルタントになるためには、自らの一挙手一投足を洗練させる必要がある。顧客企業はコンサルタントの言動を、コンサルタントが思っている以上に細かく観察しているものだ。全人格的な素養は机上では絶対に身につかず、顧客とじかに接する中でしか培うことができない。

 しかし、顧客接点を経験していない(と推測される)独立診断士は、身だしなみに無頓着であったり(鼻毛が出ている独立診断士を何人も見たことがある)、電話やメールでおよそ顧客に対する言葉とは思えないような高圧的な言葉遣いをしたり、敬語が正しく使えなかったり(タメ口をきけば顧客との心理的距離が縮まると勘違いしている人がいる)、足を組みふんぞり返って顧客の話を聞いたり、会議中に携帯電話をマナーモードにしなかったり、さらに電話がかかってくると会議を抜け出して電話を優先したりと、驚くような行動をとる人が結構いる。

 こういう細かい言動の不備から、信頼感は壊れていくものである。そのくせ、コンサルタントとして正論を吐く。診断士の試験には合格しており、なまじ地頭はよいだけに、余計に厄介だ。人は、自分があまり信頼していない相手から正論を言われると、それがどんなに正しいと頭で理解していても、かえって反発したくなるものである。ローランド・ベルガーの遠藤功氏は、コンサルタントが策定した戦略が実行されるためには、「適社性」と「納得性」が必要であると説く。コンサルタントの不誠実な行動は、顧客企業の「納得性」をくじいてしまう。
 適社性とは「自社の持つ組織能力やコア・コンピタンスに裏打ちされた競争戦略となっている」ことである。いくら時代の潮流を読んだ斬新な戦略であっても、それが自社の「持ち味」と合っていなければ実行可能な戦略とはなりえない。

 納得性とは「経営のトップから現場に至るまでの全員が理解し、共感する『腹に落ちる』競争戦略となっている」ことである。戦略を実行し、具体的な顧客価値を創出するのは現場である。現場がその気にならなければ、戦略など無価値である。
(遠藤功『現場力を高める』〔東洋経済新報社、2004年〕)
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遠藤 功

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 「適社性」を理解していない診断士も多い。別の先輩診断士は、「カラスが黒であっても、顧客が『カラスは白である』と言うのならば、やはりカラスは白なのである」と語っていた。たとえ試験勉強でそう学習したからとしても、また純粋に論理分析を行った結果そういう結論になったからとしても、「カラスが黒である」の一点張りしかできないコンサルタントでは幅が狭すぎる。これでは「適社性」を無視しており、顧客にとって受け入れられない正論になってしまう。

 顧客が「カラスは白である」と主張するのならば、その認識をいったん受け止め、カラスが白であるという前提に立って、そのカラスが外敵から身を守り、餌を獲得し、子孫を残すことができるようにするためにはどうすればよいのかを考えるのがコンサルタントの仕事である。

 これは決して、顧客に迎合することを意味するのではない。顧客の認識を前提としてロジックを組み立てた結果、それではどう頑張っても業績が好転しないと判断した場合には、顧客の認識を正す必要がある。事実、先ほどの言葉を語った診断士は、顧客企業の中国子会社で不正を働いた疑いのある経理担当者を、独学で勉強した中国語で説教するような人である。どういう時に顧客の認識を尊重し、どういう時に顧客に意見するのかという線引きは、顧客接点を経験していないと、なかなか判断できるようにならない。

 もう1つ、独立する前に経験しておいた方がよい業務は、「外注管理」である。独立診断士はチームで仕事をすることが多いが、それぞれの診断士は皆、自分の会社を持っている。よって、お互いに仕事の受発注をしなければならない。ところが、金額や契約内容を定めないまま発注したり、契約内容が決まっていないことをいいことに次から次へと仕事を命令したり、プロジェクトが終わる頃になってようやく自分の報酬が決まったり、その報酬が全く割に合わなかったりと、管理が非常にずさんで辟易することがある(そういう仕事を受けてしまう私にも問題があるのだが)。

 年配の診断士に多く見られるのだが、「この仕事は君の勉強になるから」と言って、若手の診断士に手弁当で(手弁当が出ればまだマシな方で、本当に無報酬の場合もある)仕事をやらせる人がいる。ある独立診断士から聞いた話では、年配の診断士から「この仕事は君の勉強になるから」と言われ、仕事の内容も聞かされないまま当日現場に集合したところ、スーパーマーケットの棚割管理システムに登録する商品の写真を3,000点分撮影する仕事だったという。

 本当に勉強になる仕事であれば、年配の診断士が自分の勉強のために自分でやればいい。診断士は仲間であると同時に、お互いが競合他社である。年配の診断士が、わざわざ敵に塩を送るようなことをする義理はない。だが、勉強になるという仕事が、実際にはさして勉強にならないことは火を見るよりも明らかである。面倒でお金にならないことを隠すために「この仕事は君の勉強になるから」という言葉が使われることに、私は強い違和感を覚える。

 相手の診断士は外注先である。通常、外注先を使う場合には、外注先に依頼したい仕事の内容を定めて見積依頼を出す。外注先は自社の収益性を考慮して見積書を提示し、発注者と金額の交渉を行う。発注者と外注先との間で、仕事の内容と金額に合意すれば仕事が始まるし、条件が折り合わなければ破談になる。無事に仕事が始まっても、途中で仕事の内容に変更が生じる場合は、双方の交渉によって契約を変更する。以上のことは、外注先を使う人ならば普通にやっているわけだが、どうもこの辺りを解っていない独立診断士が少なくない。

 こういう診断士は、他の診断士のことを外注先としてではなく、自分の部下として見ているのではないかと思う。上司と部下の関係であれば、仕事の内容をあらかじめはっきりさせなくてもいいし、仕事の内容に変更があったらその都度部下に命令すればよい。また、給料の面倒は会社が見てくれるから、上司も部下も、その仕事が割に合うかどうかなどいちいち気にする必要がない。言ってしまえば、なあなあの関係で何とでもなる関係なのである。しかし、その関係を独立診断士同士の間に持ち込むと、悲劇が発生する。

 先ほど、診断士は大企業勤めが多いと書いたが、大企業にいれば部下育成の経験はあるだろう。しかし、外注管理は購買業務に携わっていなければ経験することがない。そのため、外注管理が十分にできない独立診断士が生まれてしまうと考える。発注者と外注先では、力関係はもちろん発注者の方が上なのだが、その関係に甘えていい加減な管理をしていると、いつかしっぺ返しを食らう。清水建設社長の宮本洋一氏が、若い時の経験を次のように振り返っている。
 ある現場で、鉄筋圧接工の親方に、「次はこの日に来てください。それまでにこういう段取りをつけておきますから」と約束していたにもかかわらず、作業が予定どおり進まないまま、当日を迎えてしまった。

 彼は現場に現れるや否や、「これじゃ、仕事にならない。俺たちは請け負った仕事をして日銭を稼いでいる。部下にもちゃんと給料を払わなきゃいけない。どういうつもりだ。もう二度とおまえのところには来ない」と言って、怒って帰ってしまったのである。
(清水洋一「失敗を恐れずチャレンジ精神を燃やし続けよ」〔『致知』2015年6月号〕)
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2013年07月28日

【ベンチャー失敗の教訓(第28回)】営業で失注しても「敗因分析」をしない


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 元楽天の監督である野村克也氏は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というのが口癖であった。敗れた試合には必ず何か原因があると言い、敗因の分析を怠らなかった(野村氏のすごいところは、「勝ちに不思議の勝ちあり」と、一見運による勝利の存在を認めているようでありながら、実は勝った試合についても、なぜ勝てたのかをしつこく分析していた点にある)。強い組織は、失敗から学習する能力にたけているものだ。

 ただ、失敗から学べる企業や組織というのはむしろ例外であり、日本人は失敗から学ぶのがあまり上手ではないように感じる。例えば、食品の産地偽装が社会問題になると、普通ならば食品業界の関係者は、「我が社も気をつけよう」と危機意識を持ってしかるべきだが、他社の不祥事はまるで対岸の火事のように扱われ、しばらくすると似たような偽装事件が発覚する。

 いじめで少年・少女が自殺しても、文部科学省や教育委員会は十分な予防対策を講じず、別の学校ですぐに自殺が起きる。東日本大震災から2年以上が経過しても、いまだに復興は遅々として進まず、関係者からは、18年前の阪神・淡路大震災の教訓が活かされていないとの声が聞かれる。歴史をさかのぼれば、太平洋戦争では、軍部のトップが明確なビジョンや戦略を策定せず、陸軍と海軍がそれぞれ勝手に動いていたがゆえに、統一的な戦闘が行えず敗北したと言われているが、ビジョンや戦略の策定が苦手な組織は今でも多い。

 X社も、日本人の特性を凝縮したような企業であった。営業で失注しても、なぜ失注したのか誰も敗因分析をしない。私は、営業チームの会議に何度か参加させてもらったことがあるが、そこでは各自の担当案件の進捗報告しか行われていなかった。案件のステータス確認がしたいのであれば、それぞれの営業担当者が自社に導入されているSalesforce.com(営業管理システム)の情報を確認すれば十分である(もっとも、Salesforce.comをちゃんとチェックしている社員が少ないというお粗末な状況だから、わざわざ会議を開いていたという面も否めないが・・・。以前の記事「【第20回】マネジャーなのに数字に無頓着」を参照)。

 たまに失注の原因に言及することがあっても、例えば「提示した見積の金額が高く、顧客の予算との折り合いがつきませんでした」、「顧客の中で研修の企画そのものが流れてしまいました」といった具合に、顧客企業側に原因を求めるケースが非常に多かった。もっとひどいケースだと、「競合の○○社の研修が採用されることで決まってしまいました」という、原因でも何でもない原因を挙げる営業担当者もいた。

 原因分析は、最終的には自分自身に原因を求めなければ意味がない。顧客企業側に原因を求めたとしても、顧客企業の行動をこちら側から変えさせることはほとんど不可能だ。変えられるのは、自らの行動だけである。「提示した見積の金額が高く、顧客の予算との折り合いがつきませんでした」という場合は、提示した価格に見合った研修の価値や効果を的確に訴求できていなかったのかもしれない。あるいは、顧客企業の要求に対して、過剰なサービスを盛り込んでしまっていたのかもしれない。または、決裁者との交渉で何かミスを犯したのかもしれない(そもそも、決裁者に会っていなかった、ということもありうる)。もしかしたら、価格以外の条件で交渉する余地があったのに、それを怠ったためかもしれない。

 「顧客の中で研修の企画そのものが流れてしまいました」という場合は、顧客企業の企画スケジュールを認識していたか?顧客企業内の稟議プロセスを把握していたか?顧客企業内の利害関係者のパワーバランスを見抜き、意思決定に影響力のある人に対して適切にアプローチできていたか?顧客企業内で企画がスムーズに通るよう、企画書の作成などできる限りの支援を行ったか?などといった点から、営業活動の改善ポイントを検討する必要がある。「競合の○○社の研修が採用されることで決まってしまいました」というケースでは、言うまでもなく、自社のサービスのどの部分がどういう点で競合他社より劣っていたのかを正確に突き止めなければならない。

 私はSalesforce.comの運用管理を任されていた時期があるのだが、あまりに営業担当者が敗因分析をしないので、「案件がロストした場合には、失注の理由を必須入力にする」という仕様に変更したことがある。だが、そうした途端、営業担当者は失注案件をシステムに登録しなくなった。やはり、社員の意識改革をシステムに頼ってはいけない。私は、営業チームの会議で、失注の原因をもっと積極的に議論するよう促せばよかった。私は講師&開発チームの所属にしてマーケティングを兼務している立場であり、営業会議では部外者にあたるから、どこか遠慮してしまうところがあった。そこが私の反省材料である。

 失敗分析をしないのは、社員が「失敗を責められている」という気分になるからだ。実際、営業の数字が上がらない社員を全員の前で吊るし上げるような企業はいまだに存在すると聞く。だが、これでは失敗を分析しようという気運は起きない。もちろん、フォローの余地がない基本的なミスは厳しく責められるべきだろうが、普通の失敗は組織にとってマイナスではなく、第2、第3の失敗を防ぐためのプラスの材料だととらえた方がよい。極端なことを言えば、「失敗してくれてありがとう」というぐらいでちょうどいい。

 IBMの創始者であるトーマス・J・ワトソン・シニアにはこんな逸話がある。ある時、部下が事業に失敗して1,000万ドルの損害を会社に与えてしまった。ワトソンはその部下を呼び出した。部下は「クビになることは覚悟しています」と言ったが、ワトソンの口から出たのは意外な言葉だった。「君の教育に1,000万ドルを投資したところなんだよ」と。

《追記》
 コンサルティングファームのローランド・ベルガーの会長・遠藤功氏は、営業現場強化のコンサルティングプロジェクトが立ち上がった際、最初に「営業日報」と「失注報告書」を見せてもらうのだという。営業日報はほとんどの会社に存在するが、失注報告書がある企業はまずない。しかし、強い営業力を持つ会社は、失注報告書を現場力を磨く最大の材料として活かしている、と遠藤氏は指摘している(遠藤功『現場力を鍛える―「強い現場」をつくる7つの条件』[東洋経済新報社、2004年])。

現場力を鍛える 「強い現場」をつくる7つの条件現場力を鍛える 「強い現場」をつくる7つの条件
遠藤 功

東洋経済新報社 2004-02-13

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(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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