2013年05月21日
【ドラッカー書評(再)】『乱気流時代の経営』―(無謀な予測だが)2020年までに開花しそうな7つの技術(前半)
「新訳」乱気流時代の経営 (ドラッカー選書) P・F. ドラッカー Peter F. Drucker 上田 惇生 ダイヤモンド社 1996-06 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
1950年代、60年代、70年代の「新技術」は、第1次大戦前、遅くとも1929年以前の「科学」や「知識」を基にしていた。(中略)今日、新しい技術を、新しい製品やサービスに具体化するためのリードタイムが短くなっていると考えられている。しかし、これも実際はそうではない。はるか昔と同じように、およそ30年から40年である。本書の原書"Managing in Turbulent Times"が出版されたのは1980年である。ドラッカーは、新技術が製品・サービス化されるリードタイムを30年~40年と設定することにより、1980年代以降に産業化が進みそうな技術の予測を行った。すなわち、1940年代から50年代にかけて登場した技術に着目し、その中でも、
「エレクトロニクス(特に情報通信技術)」・・・1930年代後半から40年代前半にかけて基礎的な知識が発見された。
「遺伝子工学」・・・フランシス・クリックとジェームズ・ワトソンが、1930年代から50年代に研究。1953年にDNAの二重らせん構造を提唱し、その後の分子生物学の発展に大きく貢献した。両氏は1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
「NC工作機械によるオートメーション」・・・1947年にマサチューセッツ工科大学(MIT)のサーボ機構研究所でNC(Numerical Control:数値制御)の研究が始まり、1952年にはNCフライス盤が開発された。
が1980年代以降に加速すると論じている。現在、3つとも我々にとっては馴染み深い技術になっていることを踏まえると、改めてドラッカーの高い先見性が示されたと言ってよいだろう。
では、無謀な取り組みかもしれないが、私もドラッカーに倣って、2020年までに飛躍的に進歩しそうな技術を予測してみることにしよう。ドラッカーは製品・サービス化のリードタイムを30年~40年としているけれども、実際にはもう少し短くなっているような気がする(あくまでも私の肌感覚だが・・・)。そこで、リードタイムを20年~30年とする。よって、1980年代~90年代にかけて発見された技術の中に、2010年代の新産業を担う技術があると考えられる。
(1)メタンハイドレード
【概要】「燃える氷」と呼ばれ、地球温暖化対策にもつながる新エネルギーとして注目されている物質。「ハイドレート」は「水和物」の意。水分子は、特定の温度・圧力環境でかご状の構造を作る。そのかご構造の中にメタン分子が含まれているものをメタンハイドレートと呼ぶ(※1)。日本では1980年、南海トラフ周辺でメタンハイドレードが発見され、その後も発見の報告が続いた。1990年代前半になると、財団法人エネルギー総合工学研究所などで、非在来型天然ガスの1つとしてメタンハイドレートの研究が開始された(※2)。
【日本の埋蔵量】日本のメタンハイドレートの資源量は、1996年の時点で解っているだけでも、天然ガス換算で7.35兆立方メートル(日本で消費される天然ガスの約96年分)以上と推計されている。もし将来、石油や天然ガスが枯渇するか異常に価格が高騰し、海底のメタンハイドレートが低コストで採掘が可能となれば、日本は自国で消費するエネルギー量を賄える自主資源の保有国になり、尖閣諸島近海の海底にあるとされている天然ガスなどを含めると、日本は世界有数のエネルギー資源大国になれる可能性があるという見方もある(※3)。
【実用化上の問題】
ⅰ)メタンハイドレートを不用意に掘削すると、その下層や周辺のハイドレート層にかかる圧力が減少して分解し、大量のメタンガスが噴出する。万一それが一帯のメタンハイドレート層に連鎖的に広がれば、貴重な資源を大量に失うだけではなく、そのまま大気中に放出してしまうと大量のメタンガスが排出されることになるため、地球温暖化に影響を与える懸念がある(※4)。
ⅱ)メタンハイドレートを採掘することにより、地層が変形して地盤沈下や海底地すべりのような現象が生じるのではないかと懸念されている。政府の見解によると、地盤沈下の大きさは、水深500m以深の海底面で数10cm程度とされている。海底地すべりに関しても、平坦な場所を選んで開発すれば問題ないと考えられている(※4)。
(2)二足歩行ロボット(ヒューマノイドロボット)
【概要】二足歩行ロボットが工学の研究対象となったのは1970年頃からである。1980年頃からさまざまな拘束条件や制御方法、ハードウエアが研究されたが、その後主流になったのはZMP(ZMPとは動力学的な重心位置のことで、ZMPが足裏上に来るような拘束条件を与えることで、二足歩行が実現できる)を軌範とする歩行である。
ZMP理論に基づく2足動歩行は、早稲田大学の加藤一郎氏と高西淳夫氏によって開発されたWL-10RDにより、1985年に実現された。ZMPは、早稲田大学のグループを除くと、1970年代から1990年代半ばまであまり注目されていなかった。だが、今日ではホンダのASIMOをはじめ、2足歩行ロボットのほぼ全てがZMPを用いた軌道生成と制御を用いている(※5)。
【用途】最も実用化が有望なのは、人間が入れない危険な作業空間を伴う原子力産業であった。しかし、事故の想定を嫌う原子力サイドの対応は極めて消極的であった。数々の原発事故や災害において、日本の歩行ロボット技術は何ひとつ貢献できていないという厳しい見方もある(※5)。その他、BtoBビジネスの分野では、工場内の産業ロボットなど、BtoCビジネスの分野では、介護ロボットやレスキューロボットなどの用途が見込まれる。
【市場規模】ヒューマノイドロボットのみの市場規模を推計したレポートは見つからなかったが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が経済産業省と共同で発表したロボット産業の市場予測によると、2015年には1兆5,990億円、2020年には2兆8,533億円、2025年には5兆2,580億円、2035年には9兆7,080億円に拡大するとされている。サービス分野(清掃、移動支援[業務用]、次世代物流支援など)に限定すると、2015年が3,733億円、2020年が1兆241億円、2025年が2兆6,462億円、2035年が4兆9,568億円と推計されている(※6)。
ちなみに、社団法人日本ロボット工業会は、2001年のレポート「21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書」の中で、
ⅰ)人間機械協調生産システム、エコファクトリ、ネットワーク対応工場に代表される製造業分野
ⅱ)自動分析技術、自動合成装置、バイオ工場に代表されるバイオ産業分野
ⅲ)災害の発生観測・予測、災害の発生防止、災害の対処作業に代表される公共分野
ⅳ)予防、診断、治療、リハビリテーション、医療施設内の省力化・インテリジェント化、医学教育に代表される医療・福祉分野
ⅴ)教育、家庭内バーチャルトレーニング、エンタテイメント型リハビリテーションシステム、コミュニケーション支援及び生活支援システムに代表される生活分野
の5分野においてロボット化が進み、その市場規模が2010年には3兆円、2025年には8兆円になると予測していた(※7)。それに比べると、現在の産業化のスピードは遅いようである。
【実用化上の問題】家庭用ロボットに関しては、以下のような問題点が指摘されている。
ⅰ)家庭用ロボットを実際に運用しようとすると、故障や衝突の際の修理などに要する費用負担、移動時に他者と接触したりすることで他者に怪我を負わせた場合の損害賠償、ロボット内部に保存された情報が外部に漏洩した場合のリスクなど、主に自動車・オートバイなどの運用時によく似たリスクが存在する。これらのリスクの多くは既存の保険商品でカバーすることも可能だが、今後家庭用ロボットが広く普及した際には、自動車における自動車損害賠償責任保険のような強制保険や、それらを含む自動車保険のようなパッケージ商品が必要である(※8)。
ⅱ)ロボットはその性質上内部に多数の可動部品やモーターを持つため、現時点ではメンテナンスフリーでの長期運用は難しいと考えられている。また、人間の操作ミスが原因で他者に何らかの被害をもたらす危険性もあることから、やはり自動車・オートバイの場合と同様に、運転免許や車検に類似する制度が求められるのではないかという意見もある(※8)。
(続く)
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(※1)「メタンハイドレートとは何か?―メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム」
(※2)「メタンハイドレート研究の歴史―メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム」
(※3)「メタンハイドレード―Wikipedia」
(※4)「メタンハイドレードの基礎知識」
(※5)「二足歩行ロボット―Wikipedia」
(※6)「ロボットポータル―ロボナブル―2010.04.23ロボット/RT市場規模、2035年に9.7兆円、サービス分野は約5兆円、NEDO・経産省予測」
(※7)「平成12年度 21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書(要約版)」
(※8)「家庭用ロボット―Wikipedia」