2014年05月15日
飯島勲『政治の急所』―「国会議員のコンピテンシー構想」は浅はかでした・・・
政治の急所 飯島 勲 文藝春秋 2014-01-20 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
最近、政治家の本をよく読むようになったのだが、飯島勲氏の本は何と言うか迫力が違う。さすが永田町に40年もいて、政治の世界を隅々まで知っているだけのことはある。政治というのは企業経営よりもはるかに複雑怪奇で、絡み合った利害を1つずつゆっくりと解きほぐし、臨機応変に機転を利かせながら、目指すべきゴールへと到達する巧みな処世術が必要なようだ。
さて、以前に「高橋洋一『霞が関をぶっ壊せ!』―政治家の能力を国民が評価する仕組みを作れないか?」という記事を書いたが、政治家の能力をコンピテンシー(※ハイパフォーマーに共通して見られる行動特性)体系によって可視化しようなどというのは、いかにも安直な考えであったと反省した。例えば、
・飯島氏は2013年5月に北朝鮮を電撃訪問する直前、テレビで「2012年12月26日、日本で第2次安倍内閣が誕生した。その日に、北朝鮮では金正恩国防委員会第一委員長の暗殺未遂事件が起きたんです」と暴露して北朝鮮を慌てさせ、北朝鮮のナンバー2(金永南最高人民会議常任委員長)を引きずり出して、拉致問題について話し合った。またその際、北京経由で平壌に行くにあたり、空港で顔がばれて訪朝を潰されないようにするため、北朝鮮大使館の参事官の協力を得て、イレギュラーな対応で飛行機に搭乗することを可能にした。
・2002年のG8カナナスキス・サミット(カナダ)で、プーチン大統領が「来年はサンクトペテルブルクで建都300年祭を開くが、その日程がエヴィアン・サミット(フランス)と重なってしまう。だからロシア政府も自分もフランスのシラク大統領に、日程をずらすよう1年間お願いしてきたけどうまくいかない」と言い出した。そこで小泉氏はその場で、シラク大統領、ブッシュ大統領、ベルルスコーニ首相、ブレア首相を説得して日程をずらしてしまった。
シラク大統領は小泉氏に対して貸しができたと見るや、今度はこんなお願いをしてきた。「小泉、あんたはすごく立派な政府専用機に乗ってきてるな。実はシュレーダーの奥さんが急用で、ドイツの政府専用機で帰国してしまっただろ。シュレーダーはこのサミットが終わったら日本へ直行して、サッカー・ワールドカップのドイツ対ブラジルの決勝戦を見たいんだが、フライトが取れない。スタッフを含めて5人だというから、あんたの専用機に乗せて帰れ。そのぐらいのことはお前だったらできるだろう」 結局、小泉氏の即断で、シュレーダー首相を政府専用機に同乗させて日本へ連れて行くことになった。国際政治とは首脳同士の貸し借り関係で成り立っている。
・東南アジアを訪問したキューバのカストロ議長は、帰る途中に関西空港か羽田空港に降りて給油しないと燃料がもたないことが解った。しかし、カストロ議長の専用機は非常に古い飛行機で、排気ガスの環境基準に引っかかってしまい、国土交通省から着陸の許可が下りない。困った関係者は飯島氏を訪ねてきた。飯島氏は「許可しないけれども、実行はさせます」と答えた。
飯島氏は、カストロ議長が関西空港上空に到達する日時と、給油に必要な時間を聞き出した。その上で、関空でその日時に離発着予定の政府系航空機を何便か外してもらった。キューバ側には、「関空近くに着たら、カストロ機からSOSを発信してくれ」と伝えた。そうすれば、表向きは緊急事態だから着陸を許可しないわけにはいかない、という流れになるわけだ。
などというエピソードに裏づけられる能力は、コンピテンシーの生みの親であるデイビッド・C・マクレランドが外交官に関する研究から導き出した「異文化に対する感受性がすぐれ、環境対応力が高い」、「どんな相手に対しても人間性を尊重する」、「自ら人的ネットワークを構築するのがうまい」などという抽象的なコンピテンシーでは表現することができないだろう。下手に定量化して指標管理しようものなら、言葉で表現しがたいその人の本質的な能力がそぎ落とされてしまう。
飯島氏は本書の中で、政治家に求められるのは「官僚に対して目標を提示すること」だと述べている。いや、実を言うと、飯島氏が政治家に必要な資質に言及しているのはこのぐらいしかない。政治とは非常に複雑で状況対応的な営みであるから、飯島氏の頭脳をもってしても、明確な能力に分解して定義することが不可能なのかもしれない。
政治家にはリーダーシップが必要であるとよく言われる。だが、このリーダーシップという概念も曲者で、百花繚乱の様相を呈している。リーダーシップの研究は古代ギリシアの時代から行われているのだが、最近、2000年以上に及ぶ研究の歴史を1冊にまとめた海外の研究グループがあったそうだ。その書籍は1,000ページを軽く超えていた。ところが、その巻頭には、「長年のリーダーシップ研究によって解ったことはただ1つである。『リーダーシップについては何も解っていない』ということだけだ」という残念な文章が載っている、という話を思い出した。
我々国民は、どのようにすれば政治家の能力を適切に評価することができるだろうか?そして、どうすれば政治家の適材適所を実現できるのだろうか?政治の世界は、企業における人材マネジメントの常識が通用しない世界のようで、非常に難しい。
《2014年5月16日追記》
「NPO法人万年野党」という団体が、国会議員の能力を評価するという野心的な取り組みを行っている。同団体が作成する国会議員の「通信簿」は、大きく分けて3つの項目からなる。1つ目は質問の回数(衆議院議員はさらに質問時間も評価)、2つ目は国会議員として自ら法律案を提案する「議員立法発議者」に名を連ねた数、そして最後が、国会議員の権利として使うことができる「質問主意書」の提出件数である。
もちろん、これで国会議員の能力を全て網羅することはできないことは同団体も解っていると思う。国会議員の質問は、官僚があらかじめ内容を考えているかもしれないし、あるいは国会中継で党の存在感を出すために、策略的に党の中でも知名度が高い議員に質問をさせているケースもある。また、議員立法についても、単に発議の要件(衆議院では20名以上、参議院では10名以上。予算を伴う場合はそれぞれ50名、20名以上(国会法56条))を満たすために名を連ねているだけの場合もある。そもそも、政治活動は国会という公式なフィールドだけではなく、むしろ国民の目に見えない非公式な場で進むことが多いのだが、この点は評価に反映されない。
ただし、評価のとっかかりとして、こういう取り組みは非常に重要であろう。この通信簿に肉づけする形で、それぞれの議員が国民や他の議員、さらにはその他の利害関係者によって評価される仕組みを構築することはできないものだろうか?
184.185国会版 国会議員三ツ星データブック 特定非営利法人「万年野党」 メタブレーン 2014-04-01 Amazonで詳しく見る by G-Tools |