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横山哲夫編著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』―今までが組織重視だったからと言っていきなり個に振り子を振り過ぎ
【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(上)』―戦略立案の客観的アプローチと主観的アプローチ(1)

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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)


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2018年06月11日

横山哲夫編著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』―今までが組織重視だったからと言っていきなり個に振り子を振り過ぎ


キャリア開発/キャリア・カウンセリング―実践・個人と組織の共生を目指してキャリア開発/キャリア・カウンセリング―実践・個人と組織の共生を目指して
横山 哲夫 小野田 博之 上田 敬 八巻 甲一 小川 信男 今野 能志

生産性出版 2004-11-01

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 私は左派の特徴を、①権力に対する異常なまでの敵対心、②自分の正しさを信じて疑わないこと、自説が支持されていることを根拠の薄い数字で示すこと、③他者に対して、自分と他者は同じ思考を平等に共有しているという理由で、「後は私の文章をよく読んでおけば解るはずだ」などと突き放すこと、の3つだと考えているが、本書の第1章を書いた人(敢えて誰とは言わない)はまさにこの左派の特徴にぴったりとあてはまる人物であった。最初から左派の毒まんじゅうを食らわされたので、読みながら嫌気がさしたものの、何とか最後まで読み切った。

 第1章の著者は、次のように述べて組織という権力に対する敵愾心をむき出しにしている。
 慣れ親しんだ年功序列の日本的規制の中での「個の尊重」は、最近まで(保守性の強い組織では今でも)タブー視すらされてきたのである。”せっかく寝かせつけた個、眠っている個を起こすな”と腹の中で思っている経営管理者が多かったこと、組織の中で個人が自己の内的価値に目覚めることを迷惑視する経営者が多かったこと、それらの事実を最も強く肌で感じ続けてきたのは、学者/研究者/調査者ではなく、われわれ革新を志してきた実務家である(※太字下線は筆者)。
 企業や組織の抵抗に遭いながらもキャリア開発のワークショップを長年社員向けに実施してきたという著者は、参加者からは自分の考えが支持されていることを次のように述べる。
 われわれの自己評価は次のような観察によっても支持されている。

 ・参加者の総合評価(約3,000人、5段階);推定平均値4.2(最高4.8~最低3.9)
 ・参加者中CC(※キャリアカウンセリング)実施者(のみ)の総合評価(約1,000人、5段階);推定平均値4.5(最高5.0~最低4.2)

 数字は極めて概算的であり、厳密な統計処理ではない。
 まず、「推定平均値」なるものを使っている時点で信憑性に疑問符がつく。この程度の総合評価であれば、企業がプロモーションのために「顧客満足度92%(自社調べ)」などと主張するのと変わらない。これが学術書ならば一発でアウトである。対象者は誰なのか、対象者の属性はどうなっているのか、どのように調査したのか、調査項目は何だったのかといった点を明らかにしない限り、説得力を持たない。数字を操作してまでも、自説が周囲から高く評価されていると言い切るのは、まさに左派のプロパガンダの手法と同じである。

 自説に自信を持っている左派は、往々にして周りの批判が聞こえなくなる。自分と他者は同じ思考を平等に共有しているという前提に立つ左派は、自分に対する批判などないと思っているのかもしれない。だが、実際には第三者の目からすると、疑問を投げかけたくなるような点がたくさんある。それを全てここで指摘することはできないが、1つだけ例を挙げることにしよう。本書の巻末には、第1章の著者が作成した数十の図が付録として収録されている。しかし、その図の中には、どう見ても何が言いたいのか理解できないものが含まれている。

キャリア開発

 (※)パワーポイントで書き起こすのが面倒だったので、写真でご容赦ください。

 まず、「MBO(目標管理制度)・CD(P)(キャリア開発〔プラグラム〕)をHRM(人的資源管理)/HRD(人的資源管理)の核に」というタイトルがついているにもかかわらず、MBO・CD(P)が図の中心にないことに私などは違和感を覚える。これは些末な点であるとしても、「HRM/HRD」の円周上に、「HRスタッフ」、「ライン」、「セルフ」が同列で並んでいる意味が理解できない。

 また、円の中央部に目を向けると、下半分の「目標設定⇒遂行点検⇒成果評価」はプロセス順になっているのだが、上半分の「CDM(Career Development Meeting)/CDC(Career Development Committee)」、「CI(Career Interest〔自己申告〕)/CF(Career Facilitation〔キャリア面談〕)」、「JPo(Job Posting〔社内公募〕)/CPa(Career Path〔キャリアパス〕)」、「CC(Career Counseling)/CDW(Career Design Workshop)」はCDPの諸要素を並べただけであり、MBOと対になっていない。敢えて時系列で並べるならば、キャリアカウンセリングを受けて自分のキャリア目標が明確になり、社内公募制度を利用する人が出てきたので、キャリア開発委員会で検討する、という流れになるはずだから、「CC/CDW⇒CI/CF、JPo/CPa⇒CDM/CDC」と書くべきである(これでも無理やり感は否めない)。

 第1章は、著者の昔の著書からの引用も多い(その昔の著書名を書くと著者がバレてしまうので伏せておく)。「私の主張は数十年変わっていないのだから、あとは昔の著書を読めば結構だ」とでも言わんばかりである。こうした主張の硬直性も、左派の特徴の1つである。さらに、他者との平等を説いておきながら、「君たちには私が正しい理論を教えてやる」と上から目線で他者を”啓蒙”したがるのも、左派によく見られる傾向である。

 本書では、キャリア開発のカギを握るのがMBOであるとされている(だから、先ほどの図でもCDPとMBOが対になっていた)。ただし、単に企業や組織の目標を上の階層から下の階層へとブレイクダウンしていくのではなく、それぞれの社員自らが目標を設定し、目標を「与えられるもの」から「自分のもの」にすることが重要であると指摘されている。これはまさに、MBOを提唱したピーター・ドラッカーが"Management by Objectives and Self-Control"と述べたことと合致する。ここまでは私も納得する。だが、本書では繰り返し、「MBOは人事評価制度ではない」と書かれている。確かに、ドラッカーのMBOの本質は、目標によって自己の規律を保ち、自己を動機づけることにある。では、どうやって人事評価を行うのかと言うと、本書を読み進めるにつれて、結局はMBOに頼らざるを得ないという話になり、矛盾が露呈してしまう。

 それぞれの社員にはMBOによって目標が設定される。その目標はどこから導かれるかと言えば、その社員が担っている固有の役割である。MBOが人事評価制度であることから、給与体系は必然的に役割給となる。しかし、役割給制度は非常に煩雑なものになりやすい。ブログ別館の記事「経団連事業サービス人事賃金センター『本気の「脱年功」人事賃金制度―職務給・役割給・職能給の再構築』―人事制度は論理的に設計すればするほど社員の納得感が下がる」でも書いたが、企業における各社員の役割は多種多様であり、それに難易度をつけて給与に差をつけるには、相当な論理武装をしなければならない。その結果として設計される給与体系は、論理的には正しいのかもしれないが、社員から見ると複雑な怪物のように見える。

 そもそも、役割給は本書でも書かれているように、「職種別賃金水準を米国並みに詳細に調査、公開」することが大前提である。国レベルで共有されたデータが、役割給制度の煩雑さを低減させる。それがない日本では、役割給制度は企業によってバラバラに構築され、さらにそれぞれの企業内においても、人事担当者に相当な運用の負荷をかける恐れがある。

 余談だが、以前厚生労働省の前を通りかかった時、日本年金機構の労働組合員が「今の年金制度は複雑すぎて現場の業務が大変だ。何とかせよ」と抗議デモを行っているのを見た。私は、「自分で制度を複雑にしておいて『大変だ』と騒ぐのはおかしいのではないか?」と思ったものである。これと同じような摩訶不思議な現象が、役割給を導入した企業でも発生するかもしれない。つまり、複雑な役割給制度を構築しておきながら、人事担当者(管理監督の立場にない社員であれば、人事部員であっても労働組合に入ることができる)が「今の役割給制度は複雑すぎて現場の業務が大変だ。何とかせよ」と経営陣に抗議するという珍現象である。

 私は、本書の最大の問題点は、「個の尊重」を前面に出しすぎるあまり、「周囲の眼」という視点が欠けていることにあると思う。キャリア開発にあたっては自分の価値観やアイデンティティーを理解することが重要であるが、これは自分1人でできることではない。他者から自分がどのように見えているのかを知ることが、自己理解を深める上で決定的に不可欠である。

 さらに、「周囲からどんな仕事を期待されているか?」を認識するというステップがごっそりと抜けている。キャリア研究の第一人者であるエドガー・シャインは、キャリア開発のセルフワーク用の著書を3冊発表しているが、そのうちの1冊は、丸々「自分の職務と役割を見つめ直し、組織から何を期待されているか?」を分析するという内容に費やされている。翻って本書では、ドラッカーのMBOがアブラハム・マズローの欲求5段階説と結びついて、個人が立てる目標は「自分がやりたいこと」でなければならないとされている。しかし、ドラッカーは、「自分は何をしたいか?」が重要だと述べたことはない。「自分は何をなすべきか?」と問うて成果を定義しなければならないと主張している。つまり、周囲からの要求を汲み取ることをドラッカーは重視している。

キャリア・サバイバル―職務と役割の戦略的プラニング (Career Anchors and Career Survival)キャリア・サバイバル―職務と役割の戦略的プラニング (Career Anchors and Career Survival)
エドガー・H. シャイン Edgar H. Schein

白桃書房 2003-06-01

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 もちろん、私も組織からの要求に100%従えとは言わない。本ブログでは繰り返し山本七平の用法に従って「下剋上」という言葉を使ってきた。これは、上司からの命令に対して、部下が唯々諾々と従うのではなく、部下が「こうすればもっと上手くいく」、「もっとこういうことをした方がよいと思う」などと提案することである。提案を受けた上司は、「よし解った、君がそこまで言うなら、君の言う通りにしてみよう。君に権限を与えるから君の裁量に任せる。成功すれば君の手柄だ。失敗しても責任は自分が取る」と言い切る。これが日本組織における望ましい上下関係のあり方である(最近、上の階層を絶対視するような上下関係が問題になっているのは残念だ)。

 部下は上司を打ち倒そうとしているのではない。部下の立場に立ったまま、上司の仕事に介入する。これが、山本七平の言う「下剋上」である。部下が上司を打ち負かす、下の階層が上の階層に取って代わるような下剋上は、歴史のごく一時期に見られたにすぎない。この「下剋上」が存在する限りにおいて、以前の記事「【厚生労働省】「セルフ・キャリアドック」導入ガイダンスセミナー(セミナーメモ書き)」で書いたような、サントリーの「企業の方向性と個人のキャリアのうち、後者を少し優先させる企業がよい企業である」という言葉を私は容認することができる。

 よい「下剋上」をするには、まず企業や組織を取り巻く環境がどうなっているのか、今後どのように変化しそうか、それに伴って自分の役割や職務はどのように変わりそうかを客観的に分析する。その上で、環境変化の本質に目を向け、本当は今後どのような仕事が新たに必要となるか、翻って自分の強みや嗜好・価値観は何か、新たな仕事の中で自分ができそうなこと、自分がやりたいことは何かを主観的に考える。これこそまさに、キャリア開発そのものである。

 実は、キャリア開発が仕事の次元の中で完結する分にはまだ楽である。先ほど書いた「他者の眼」には、家族も含まれる。我々は、企業や組織からの期待を背負うと同時に、家族からの期待も背負っている。その家族の問題が絡むと、キャリア開発の難易度はぐっと上がる。この点については、本書では最後の方に少しだけ書かれている程度であり、物足りなさを感じた。キャリアカウンセラーは、相談者に子育てや介護などの問題が生じた場合、相談者が本当に大切にしたいことをじっくりとあぶり出す必要がある。その上で、仕事と子育て・介護のうち、優先したいことと犠牲にしてもよいことを1つずつ丁寧に整理していく。さらに、相談者が優先したいことを実現するにあたって周囲からの支援が必要な場合には、その支援を取りつける。

 非常に単純な例だが、子育てを優先し業務量を減らしたいという女性社員がいる一方で、もっと挑戦的な仕事をしたいという若手社員がいる場合には、その女性社員の仕事の一部を若手社員と共有するように上司と調整する。介護を優先し業務量を減らしたいというミドル社員が複数いる場合には、その業務をまとめてアウトソーシングするように部門長に働きかける。キャリアカウンセリングは相談室の中で完結するのではない。これからのカウンセラーには、個人の課題を組織の課題へと昇華させ、その課題を解決するために密室を飛び出して、組織内を渡り歩き、様々なキーマンに積極的に働きかけるというコンサルタントの役割が求められるだろう。


2013年01月29日

【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(上)』―戦略立案の客観的アプローチと主観的アプローチ(1)


ドラッカー名著集2 現代の経営[上]ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 昨年5月以来の【ドラッカー書評(再)】シリーズ。決して忘れてしまっていたわけではない。今月からまた再開します!今月は、ドラッカーの3大古典の1つにして最大の傑作である『現代の経営』の上巻。目標管理制度(MBO:Management by Objects)の原典とも言われ、「事業は目標によってマネジメントしなければならない」というのが上巻の主たる内容である。マネジメントのための目標は、(1)マーケティング、(2)イノベーション、(3)生産性と、(4)資源と資金、(5)利益、(6)経営管理者の仕事ぶりと育成、(7)働く人たちの仕事ぶりと活動、(8)社会的責任と全部で8つあり、それぞれ具体的にどのような目標を設定すればよいかが例示されている。

 ただし、目標管理の前提として、そもそも目標管理によってマネジメントされる「事業」とは何か?を明らかにしなければならない。この点は前著『創造する経営者』で提唱された戦略立案と共通の部分であり、本書でも事業の定義に3分の1ほどのページが費やされている。今回は、その事業の定義の仕方について、私なりの見解を述べてみたいと思う。

 ドラッカーは事業の定義にあたっていくつかの問いを用意しているが、未来の視点から事業を定義するための問いとして、「われわれの事業は将来何になるか?」、「われわれの事業は何でなければならないか?」という2つの問いを投げかけている。ここで問題になるのは、この2つの問いの違いである。

 ドラッカーは、「われわれの事業は将来何になるか?」という問いに答えるためには、次のことを明らかにするべきだと述べている。
 第一に、市場の潜在的な可能性と趨勢である。市場や技術に大きな変化がない場合、5年後、10年後には、われわれの事業はどこまで大きくなることを期待できるか。そして、それを決定する要因は何か。

 第二に、経済の発展、流通や好みの変化、競争の変動による市場の変化である。ここにいう競争とは、製品やサービスについての顧客の定義に基づく競争であって、直接的な競争だけでなく、間接的な競争を含む。

 第三に、顧客の欲求を変化させ、新しい欲求を創造し、古い欲求を消滅させる技術的イノベーションの可能性である。さらには、顧客の欲求を満足させる新しい方法を生み出し、価値の概念を変え、より大きな満足を可能とする技術的イノベーションの可能性である。(中略)

 そして第四に、今日のサービスや製品によって満足させられていない顧客の欲求である。
 一方、「われわれの事業は何でなければならないか?」という問いに関しては、次のような事例を挙げている。
 アメリカ中西部のある保険会社は、顧客のニーズを分析した結果、それまでの生命保険は、受取保険金の購買力維持という顧客のニーズを満足させていないという結論を得た。換言すれば、株式投資によってそれまでの標準的な保険や年金を補完する必要があった。

 そこで、この保険会社は、そのような顧客のニーズを満足させるために、中小ではあるが堅実経営で知られた投資信託会社を買収し、新規契約者だけでなく、既契約者に対しても投資信託の購入を可能にした。
 ある雑誌社は、最近、雑誌販売から情報サービスへと事業の重点を変えた。(中略)(利益低下の原因の)分析の結果、原因は既存購読者の契約更新率の低さにあることがわかった。営業部門では、発行部数を維持するために新規購読者の獲得に力を入れていたが、経費がかかるため利益が伸びていなかった。

 必要とされていたことは、新規購読者の獲得から既存購読者の維持への戦略の移行であって、事業の概念そのものの転換だった。目標の変更が必要だった。そこで、新規購読者の獲得から既存購読者の契約更新に目標を変えた。活動の重点を新規購読者の獲得から、既存購読者へのサービスに移行した。
 両者を見比べると、「われわれの事業は将来何になるか?」と「われわれの事業は何でなければならないか?」という2つの問いは、市場の確実な変化をとらえてそれに対応するという点では同じであるように思える。私の理解不足なのか、この2つを区別する意味がいまいち解らない。

 ここでドラッカーの主張を離れて、敢えてこの2つに違いを設けるならば、前者は戦略立案の客観的アプローチであり、後者は主観的アプローチである、と言えるのではないだろうか?「われわれの事業は将来何に『なる』か?」の「なる」という部分に、客観的に予想される市場の変化に適応するという意味合いを込めている。また、「われわれの事業は何で『なければならない』か?」の「なければならない」の部分に、将来の事業に関する主観的な意図を込めている。

 客観的アプローチとは、とどのつまり伝統的な戦略立案アプローチである。マイケル・ポーターの競争戦略論に従って外部環境を重視する立場であれ、J・B・バーニーの資源ベース理論に従って内部環境を重視する立場であれ、データを用いて事業環境を分析し、そこから戦略を導くアプローチである。これに対して主観的アプローチとは、「環境は人間が主体的に創造できる」という前提に立って、戦略立案者が「こういう世界を実現したい」、「こういう価値が人々に喜ばれるはずだ」という意思や願望を表明するものである。

 (続く)

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