2016年08月06日
【東京協会国際部主催セミナー】TPPと経済外交/中小企業の海外展開戦略(メモ書き)
(※)首相官邸HPより。
(一社)東京都中小企業診断士協会・国際部が主催するオープンセミナー「激動する国際情勢と中小企業の海外展開戦略~TPPの行方とニューフロンティア~」に参加してきた。講師は東京財団の研究員と中小企業基盤整備機構の理事の2名。以下、セミナー内容のメモ書き。
【第1部】TPPと経済外交~次代の経済秩序をめぐる国際競争
(1)現在、世界中でFTA/EPAの締結が進んでいるが、FTA/EPAは元々WTO体制の例外として位置づけられていた。WTOには162か国・地域が加盟しており、交渉がなかなか思うように進展しない。そこで、交渉を先に進めたい一部の国は例外的にFTA/EPAを締結してもよい、ということになった。GATT第24条には、FTA/EPAの条件として、「妥当な期間内」に「実質的に全ての貿易」について自由化を行うことが定められている。「妥当な期間内」とはおおよそ10年、「実質的に全ての貿易」とは8割程度の貿易を意味している。
ところが、今回合意に至ったTPPでは、例えばアメリカが乗用車に課している関税は、15年目から削減が始まり(2.25%)、20年目で半減(1.25%)、22年目で0.5%まで削減され、25年目に完全撤廃されることになっている。バスに課されている関税は、10年目に完全撤廃(9年目までは維持)、トラックに至っては29年間関税を維持した上で30年目にようやく撤廃される。このように、WTOが想定する例外に合致していない分野が多々ある。
(2)2016年2月に、12か国のTPP署名式が終わったのはよいが、アメリカ国内では依然としてTPP反対論が根強い。アメリカ憲法の下では、通商を取り仕切る権限は連邦議会が有する一方で、対外交渉、外交政策については大統領府の権限とされている。そのため、通商交渉とその批准作業をスムーズに進めるために、両者間の権限を調整する必要がある。この場合、連邦議会は行政府に対して「TPA(Trade Promotion Authority:ファスト・トラック権限)」を付与する。TPAを付与された行政府が締結した通商合意は、連邦議会において迅速な審議が行われる。
連邦議会は大統領府にTPAを付与することに消極的であった。打開策として、オバマ大統領は、TAA法案と呼ばれる法案とセットで、TPA/TAA法案として議会の審議にかけることにした。TAA法案とは、TPPによって職を失った人たちに給付金を与えるプログラムに関する法案である。上院では、5月22日にTPA/TAA法案が可決、6月24日にTPAが可決されたが、2度に渡ってTPA法案に賛成票を投じた民主党上院議員は46名中13名しかいない。
下院はもっと混乱していた。6月12日には、TAA法案が民主党・共和党双方の反対に遭い否決された。同日、TPAに関してはTAA法案とは別に採決がとられ、共和党の賛成多数で可決されたものの(民主党は反対多数)、TPA/TAA法案一括としては否決された形となった。そこで、日を改めて6月18日にTPAについて採決をとったところ、共和党の賛成多数で可決された(民主党は反対多数)。TAA法案については6月25に採決がとられ、今度は民主党の賛成多数で可決された(共和党は賛成・反対が半分ずつ)。
現在、クリントン、トランプの両大統領候補がTPPに明確に反対しており、見通しは全く不透明である。アメリカでは11月8日に大統領選が行われる。翌週の11月14日からは、連邦議会がいわゆる「レイム・ダック」に突入する。そこで、新大統領が正式に就任するまでの1か月ほどの間に、TPP法案を強引に通すという手も考えられる。しかしながら、TPPのような重要な法案を、死に体の議会に審議させるのはおかしいという見方もある。
(3)TPP以外のメガFTA/EPAとしては、日EU経済連携協定(EPA)、TTIP(アメリカとEU)がある。TPPは、経済レベルや強みとなる自国産業が異なる12か国が集まっていたから、比較優位論に基づく補完的貿易によってモノやサービスの流れをもっとスムーズにしようというロジックが通りやすかった。これに対して、日EU・EPAやTTIPは先進国同士のFTA/EPAであり、お互いに競争関係にある製品・サービスが多数存在するため、交渉は難航しそうである。
(4)TPPには、モノ・サービスの自由化以外にも、電子商取引(第14章)、国営企業(第17章)、労働(第19章)、環境(第20章)など、様々なルールが包括的に定められている。電子商取引の分野では、「ソフトウェアのソースコードの開示強要の禁止」が定められている。今回の12か国の中でそのような開示強要をしている国はないのだが、この規定は将来的に中国をTPPに引き込み、中国の国内法を変更させることを想定している。
(5)2015年の日本の対外直接投資は1,308億ドルであるのに対し、対内直接投資は4,200万ドルの引き揚げ超過となっている(JETRO「直接投資統計」より)。TPPによって日本に対する外国企業のイメージがよくなり、日本への直接投資が中長期的には増えるかもしれない。ただし、すぐには効果は出ない。一般的に、海外企業が日本に進出する際に問題視するのは、①コスト高と②規制の多さだと言われる。ところが、実際に海外のビジネスパーソンに話を聞くと、コストはそれほど重要ではなく、規制の方がクリティカルだと言う。アベノミクスの第三の矢は大胆な規制緩和であったが、今のところTPPが期待するほどの規制緩和が進んでいるとは言い難い。
(6)これまで日本の製造業は、関税を嫌って海外への工場移転を進めてきた。TPPによって関税がゼロになれば、製造業が国内回帰するかもしれないという期待がある。だが、現実はどうやら厳しそうだ。海外に工場を移転させた業界と言えば自動車と家電であるが、自動車メーカーは現在、タイでの生産台数を伸ばしている。ところが、タイはまだTPPに加入していない。また、家電の生産拠点の多くは中国にあり、これもTPP未加入である。
【第2部】中小企業の海外展開戦略~拡大する海外マーケットへの挑戦(AEC/TPP)
(7)2013年に「中小企業基本法」が60年ぶりに改正され、小規模事業者(商業・サービスは社員数5名以下、製造業などそれ以外は社員数20名以下)に対する支援を手厚くする方針が打ち出された。中小機構は今まで、中小企業の中でも比較的規模の大きい企業に対して、ハンズオンで支援を提供してきた。ところが、中小企業約385万社のうち、334万社を占める小規模事業者も支援するとなれば、とてもではないが従来の手法ではカバーできない。そこで、小規模事業者を効率的かつ効果的にサポートできる仕組み作りを検討しているという。
(8)JETROは毎年、「アジア・オセアニア主要都市・地域の投資関連コスト比較」というレポートを公表している。同レポートでは、各国・地域の主要都市における賃金、法定福利費、通信費、光熱費、事務所家賃、物流費などのコストを見ることができる。アジアの労働コストを見てみると、中間管理職やエンジニアの賃金の伸びよりも、ワーカーの賃金の伸びの方が大きいことが解る。アジア各国では、政府の意向が働いて最低賃金が毎年10%単位で上昇することも珍しくない。このこともワーカーの賃金上昇に影響しているのだろう。海外に工場を建てる場合には、ワーカーの賃金の伸びを計画に織り込んでおく必要がある。
(9)中小機構では、海外事業のF/Sに対して補助金を出している。今までは社員数40~50名程度の企業が多かったが、最近は社員数20名程度の企業が3割ほどを占めるという。海外進出にはリスクが伴う。国内では考えられないような問題が生じて、想定外の損失を被ることがある。海外事業がダメになった場合、その余波を受けて国内事業も倒れてしまうというのが最悪のケースである。よって、海外進出をする際には、仮に海外事業が失敗に終わっても、その損失をカバーできるだけの売上高・利益を確保するために、国内事業をどう伸ばすのかを同時に検討しなければならない。小規模事業者であれば、なおさらこの点をよく考える必要がある。